墓参り帰省&ふるさと探訪「酢の里を行く!」
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3/1(木)名古屋出張が入りましたので、翌日、実家の半田市へ
帰ってきました
3/2と言えば、母親の命日(昨年逝去)ですが、身内&お坊さんの
都合で法事は4月にしようとしていました
何も無ければ、4月まで実家に帰らないつもりだったのですが、
偶然にも3/1名古屋出張が入り、そして翌日3/2も偶然にも
スケジュールが入らなかったので、これは「実家に帰るように」と
いう思し召しかと思い、帰りました。
墓参りをして、中学校時代の同級生をお茶をしました
たけちゃん、お付き合いいただき、ありがとう!
写真を撮るのも忘れ、いろいろ話しました
同級生の○○は、どうしている?仕事はどうなの?家族は?など、
たわいもない話ですが、ほんと楽しく話できました
30数年ぶりに会ったのですが、一気に昔へワープしました
みやげにいただいた「半田銘菓 蜂蜜 生せんべい」
普通は白&黒バージョンなのですが、限定「抹茶バージョン」を
いただきました
ちょっと前にテレビ「シルシルミシル」おやつ選手権でも出てました
美味しかったです
で、そのあと、実家から歩いて3分くらいのところにある
「ミツカン酢の里(博物館)」に初めて入館しました
会館してほぼ24年経つというのに今回、初めて入りました
「まあ、いつでも行けるわ」と思っているうち、行けてなかったです
ミツカンは会社が出来て200年超え。3/2で76033日目でした
すごい歴史です
ちなみに家の祖父ちゃんが昔、ミツカンで工場長やってました
1958年ころ、東京工場を作る際、東京にずっと行っていたらしいです
で、ミツカン工場に入ったのは小学校4年生以来。40年前
近所の商店や派出所などに子供が3~4人のグループに分かれ、
直接話を聴きにいくという時に、当時から大会社であったミツカンに
乗り込みました。
昔は見学コースなど無かったのですが、すごく親切にしてくださり、
帰りにミツカン製品詰め合わせを貰って大喜びしていた記憶があります
さて、ミツカンが大きくなったのは、江戸時代に「にぎり寿司」が流行った
際、高価な米酢に代わり、(捨てていた)酒粕で作った酢を創りだし、
それが安価で美味しいとのことで爆発的にヒットした時からだそうです
そんな話は祖父ちゃんから聴いていなかったが、今回、説明うけて
感動しました
社会が必要とするものを安価で品質を上げて提供する
すばらしい着想です
写真左は江戸前すしの模型
今の寿司の2.5倍くらいの大きさだったそうです
写真右は酢の元が発酵しているところ
外は半田運河です。どなたか学者さんが日本三大運河と言ったとか
小樽運河、宮崎の何とか運河、そして半田運河だそうです
そんなこと、小・中学校のとき、聴いたことも無かった
(聴いても興味なかった)のですが、そう言われると風情があります
小学生のクソガキ時代は、この堤防に上がり、歩いていて、近所の
オッチャンに叱られたような記憶が残ってますし、高校受験の際は、
朝、ジョギングしてた場所です
懐かしい景色と人に触れて大満足です
案内いただいた係員さんです。すごく良い方でした
皆様、ありがとうございました
ミツカン・味ポンを絶やしたことは一度もありません
ミツカン酢は永遠に不滅です!








