榊、調和、文学 -5ページ目

220108初め

220106,akom,β


今は新世紀ではなく、ただの平成二十二年。
くるりは今年もそう歌うのだろうか?
平成が二十二年も続くなんて二十年前には思えなかった。
当時は十二歳、小学六年生。
精通はその前年の十二月に済ませた、自慰行為はその年の五月に覚えた。
最初の性的勃起はその五年前、永井豪の漫画を見ていた時だ。

鮮やかな色彩。
花の咲き誇る和風の庭苑。

その庭師の庭では四季折々の花を楽しむことが出来る。


小橋正宜の日記。

あーかーおーえんむ。
ぼん、ぼん、ぼんじゅーる。
akom.
bon,bon,bonjour.

今は新世紀ではなく、ただの平成二十二年。
くるりは今年もそう歌うのだろうか?
平成が二十二年も続くなんて二十年前には思えなかった。
当時は十二歳、小学六年生。
精通はその前年の十二月に済ませた、自慰行為はその年の五月に覚えた。
最初の性的勃起はその五年前、永井豪の漫画を見ていた時だ。
まだ当時は漫画は見るものだった。
本は読んでた。
まだ想像力の作り出すイメージよりも目から入って来るイメージの方が強かったのだろう。
想像力と描写力。
想像力がつくり出すイメージ、言葉、哲学。
感覚器が受け取った信号、情報、メッセージ。
二つのバランス。
今はどうだ?
今年の様子は?
今gfは、寒さで指がかじかんでいる。
gfはミスタイプ。
gfはガールフレンドの略だ。
ゴッドファーザー、ゴールドフィンガーとも言える。
ゴッドファーザーがガールフレンドをゴールドフィンガーで弄ぶ。
しかしgfは存在しえなかった誤情報である。
ガールフレンドがゴッドファーザーをゴールドフィンガーで懲らしめる。
常に行ったり来たりを繰り返す。
逢瀬や千歳や、あっちや、こっちや。
思考は常に揺れ動く。
まだまだ修行が足りん。
陰と陽と、光と影と、哲学とメッセージと。

一月六日、メルクルディ、水曜日。
ボンジュール。

課題一。
毎日三十分、自分と向き合う。
日記だな。
課題二。
毎日三十分を園芸本に費やす。
課題三。
図付きの日報に挑戦。

平成二十二年の正月を振り返る。

年が変わって、青山蜂へ。
一時間半程で渋谷を後にする。
連れの具合が悪くなって、予定していた靖国神社への参拝は中止。
今年は祖父に呼ばれなかった模様。
中野駅で連れと別れる。
その後、ご飯屋二軒ハシゴして満腹。
三時半帰宅、恋人が起きて待っている、ピアノを弾いていたとのこと。
寝る。

一月一日。
天皇杯決勝を恋人と子供と三人で観に行く。
ガンバ強し、遠藤がピカピカに光っていた。
帰宅後、大学の後輩の家に遊びに行く。
後輩を連れて家に戻り書き初め大会、参加者は五人、一人が書いているのを残りの四人が見守る。
一人一枚。
私の字は『客観』、他は『光る大空』『異国』『暴走』『地球』。
深夜、実相寺昭雄の『無常』を観る。

二日。
子供とフッボー、恋人と買い物。
夜は家で鉄板焼き。
鉄板焼きや鍋物といった料理は子供時代の自炊への導入ではなかったか? などと話す。

三日。
恋人のママン宅で新年会。
年が明けてから子供はずっとボールを蹴りながら移動、私が子供の頃にあこがれた行為。

四日。
山梨へ遊びに行く。
家具職人さんのアトリエに泊まらせて頂く。

五日。
山梨二日目、山に登る。
山、最高。
木がヤバい。
夕方前にアトリエを後にする。
東京の家に戻ると福山(広島県福山市)の両親から荷物が届いていた。
夜、『がんばれ元気』(全十六巻)を読破する。
一日中、小説や漫画の中で一つのストーリーに没頭するって本当に幸せなことだなと思う。
七十年代の漫画はやっぱり面白いぜよ。

六日。
本日。
朝、五時半起床。
そろそろ時計を日常に戻していかなければ。
洗濯機を回し、両手をキーボードの上に置いて、ひさびさディスプレイに向かう。
豆モチを焼く、五分焼いて、ひっくり返して五分焼く。
九時、雨戸を開け、洗濯物を干す。
ベッドの上、羽毛布団にくるまって芋虫状になった恋人が穴の中からいきなり話し出す。
「羽子板に絵付けをしてたんだけど、、、」
夢の話。
ブランチの後、門扉と外階段のペンキを塗る。

kvs

220107緊張