今日で終わりです
ニートです。みたらし団子食いながらブログ更新してるとです。ニートです。
イヤー辞めた辞めた。もっさり辞めた。これほどあと腐れが無いと気持ちいいね。今日のお昼は同期のやつらが送別ランチを開いてくれた。ここ半年ぐらい昼休みは寝る生活を送っていたのだが、たまにはゆっくりランチもいいもんだ。でも、昼から焼肉を食うなんてことはこれから一生無いことだろうな。しかもおごってもらったし。ありがとうございました。
ほんとは今日は後片付けとかPC初期化とかしながらフフフン♪なんて鼻歌交じりに過ごす予定だったのに、トラブル対応を任されてそれなりに忙しかった。そういう職場です。まあそれでも20時には挨拶回りも適当に済ませて余裕の退社。命拾いしたな、お前ら。
だがしかし、これから引越しという重大事業が残っているのだ。会社の寮ということで辞めた以上長居するわけにもいかず、明日の午後には出なければいけないのです。まだ部屋の中手付かずなんですがね。これから徹夜で荷造りしますわ。終わらなかったら業者に蹴られるんだろうなあ。
そんなこんなで引っ越しますので、ここの更新もしばらくできなくなります。というかもう二度としない可能性もありますね。たぶん会社辞めたら精神病的性格も変わるだろうしなな。まあ気が向いたら『アナコンダハンター見習いの日記、妄想特急666号』として更新を再会しますわ。「わぁ、楽しみ♪」と思ったあなたはちょっと世間と感性がずれてますよ。
簡単に今後の予定を書いておきます。
6月1日~10日
引越し&余暇を楽しむ。自分を取り戻す時間。
6月10日~17日
7日7晩飲まず食わずで眠らない生活に挑戦する。人間の限界を突破するその手がかりをつかむ。
6月17日~20日
合宿でスキューバダイビングの免許取得。水中生活への第一歩。
6月21日~30日
富士山登頂、小笠原諸島、鳥取砂丘、屋久島、沖縄といってみたかったところを一通りめぐる。日本を見、自然を見ることで、日本人として人間としての基本に立ち返る。
7月~
水のみ、オール野宿で四国歩き遍路を達成する。新しい世界への扉を開く。
9月~
エジプトへ旅行。砂漠に挑む。
9月中旬~
南米へ渡る。マチュピチュをみて自分の夢を再確認する。
10月~
アナコンダを捕らえて正式にアナコンダハンターとして認定される。
とりあえずざっくりこんな感じです。どこまで達成できるか、今から楽しみでしょうがありません。生命保険も多めにかけました。比較的穏やかな6月1日~10日のうちに素敵な思い出を作りましょう。それではまた会うことがあればその時まで。
てっぺんから始める。日本の頂点から。
仕事を辞めた私は新しいスタートラインとして富士山の頂上を選んだ。
せめて物理的に、頂点から歩みだすのだ。
頂点、といってもまだ世界的には上があるし、空もあるし、宇宙もある。
さらに宇宙の先には物理的な世界を超越した世界がある。
上を目指せばきりがない。
だから頂上からはじめても、後は落ちるだけ、なんて考えない。
私には目指すべき先がいくらでもある。
だからただ走り続けるだけだ。
落ちることを怖がっていては、上は目指せない。
一生地べたに這いずり回っていれば落ちる心配はない。
踏み潰される可能性はあるが。
私はより高みを目指す。
ここからはじめる。
時間とは何か
今日は夜勤明けでした。もう10時にはスパッと帰りましたね。明日までですからね。仕事もほぼフィナーレに近づきつつあります。今日は帰り際に献血してきました。良く考えたら昨日のステーキ以来何も口にしていないうえに、睡眠もほとんどとっていない状態だったのだが、ほんとのこというと献血でき無そうだったので、7時に朝飯食った、7時間寝た。ということにして献血しました。献血中いつもより心臓が早く打っているような気がしたり、足が痙攣したりしたけど特に問題はありませんでした。というかたとえどんなコンディションであったとしても献血程度でやられるようじゃ戦場では生きていけないよな。もっと精進せねば。
今回は記念品としてお米をいただきました。新潟コシヒカリです。私が思わず「ナイスライス」と叫んだことは言うまでもありません。まるで私が仕事をやめるのを予測したかのような米の配給。これでしばらくは食いつなげそうです。
今日はミヒャエルエンデの『モモ』という本を読み終わった。これまた非常に有名な本で今まで読まなかったのが不思議なぐらいなのだが、まあそんなことはおいといてすごく良かった。読んでない人は即刻読むべき。一度読んだ人ももう一回読むべき。働いている人は有給を取って読むべき。学生は学校サボっても読むべき。ゆっくりと味わって読むべき。
この作品も童話としてある意味子供向けに書かれているのだが、大人が読んでも深い含蓄がある。というか逆に子供にこの本の価値がわかるのかどうか疑問って言うぐらい現代社会の根本的な問題に焦点が合わされている。私がこのタイミングでこの本を読んだのはひとつの僥倖だった。必要なものは必要なときに自然に手に入る。という私の考え方を裏付けるものであると同時に、人は自分の見たいものを見る、という人生の真実が現れただけなのかもしれないが。この本もただの物語として読めばそれまでなのかもしれないが、そこから何かを得ようとすればすばらしい価値を生み出すだろう。いずれにせよ、私は時間を取り戻した。どんな知識も、プランも実行を伴って初めて成果が出るものなのだ。
時間とは不可思議なものである。
誰も見たことがない。誰も操れないのに。
常にそこにあって。誰にでも与えられていて。
でも本当にそうであろうか。
時間は人が意識したときにはじめて生まれたものではなかったか。
もともと人間には無限の時間が与えられていた。
無限、ということは意識する必要がない。それは無いのと同じことだ。
時間を歪ませると。
現実の質量も変わる。
大きさや重量も変わる。
それほど時間はこの世界の根源的な部分を支えている。
それなのに人は自分が支配できないからという理由で。
時間をあまりにも軽視しているのではないだろうか。
私は安定した収入や、社会的地位といったものと引き換えに。
自分の時間を買い戻した。
それは決して悪い取引ではない。
今日は何の日?
毎月29日はニクの日。ということで今日はステーキを食いに行った。29日は3割引ということで、伝説の1キロステーキに挑戦。フラッシュ忘れて見にくいんですがこちらです。↓
http://www23.tok2.com/home/ryuukou/1KIRO.JPG
写真じゃわかりずらいが、でかい、厚い。それでも最初のうちは結構楽勝だろー、HAHAHA!とか笑いながらアメリカ人気取りで食べてました。でも後半は半泣きでした。脂身がきついのなんの。そんなことしても量は変わらないのにやたらちっちゃくカットしたりして何とか飲み込んでた。きつかったが何とか完食しました。付け合せのコーンは・・・勘弁してください。
http://www23.tok2.com/home/ryuukou/KANSYOKU.JPG
しばらく肉は見たくねぇ。つーか誰だよ、こんな企画考えたの!・・・すんません、私です。死ぬほど後悔してます。俺はこれを機にベジタリアンになろうかな。肉食獣は偉大です。何事も程々がよろしい。といういい勉強になりましたね。
同じ店にレスラー丸出しってやつが来てた。確かめたわけじゃないけど見た目確実にレスラー。というかレスラー以外の職業は俺が認めない。そいつは食い終ってもケロッとしてた。あいつはもう肉食獣の域に達しているんだな。店のおねえちゃんに「体重がおちねぇんだよなー」と愚痴っていた。つーか体重落としたいんだったらステーキなんかくいにきてんじゃねえよ。100%やせるきねぇだろうが。と思ったけどかわいそうだから言わないでおいた。店のおねえちゃんも完全に失笑していたが。
明日は0時出社ということで、今日の夜から出社します。ほんとに人使い荒い会社だよ。あと2日しか出社しねぇ人間にそんなシフト組むかね。まあ誰もいないし、大して仕事の量があるわけではないから寝てるけどねー。正直だりぃ。
脳力はその人の力の一部でしかない。
人は脳で考えるのではない。
心で考えるのだ。
魂で考えるのだ。
考える、というより感じるといったほうが正確かもしれない。
いずれにしろ、脳は心で感じたことを。
外界に出すための通訳に過ぎない。
その先にはあるもの。
時間を圧縮する。
人間の動きには肉体的限界がついて回るものだが。
頭の中は違う。いくらでもスピードを上げられる。
考えるスピードを上げることで、考える量を増やす。
そうして時間を圧縮する。
今までは睡眠時間を削って、やりたいことを犠牲にして確保していた時間。
これからは時間圧縮によって時間を作り出すことにシフトする。
私は思考する。その断片をこうして文字として綴るわけだけれども。
綴れない思考はどこかへ消えてしまう。忘れてしまう。
思考がどんどん早くなれば。
常に書き続けてたとしてもいつかは追いつかなくなる。
私が何も書かなくなった時は。
思考が完成した時。
それは人間としての限界を超えた時。
今日はほとんど寝てただけ
昨日は送別会でして、大いに飲んで、食べて、騒ぎました。例のごとく朝方まで。飲んだ後のカラオケはきついよね。喉が。といいつつ半分ぐらい俺が歌ってましたが。飲んでるときは全然平気だったのに、カラオケしてたら頭がんがんしてきたし、タバコの煙が目にしみるし、最後のほうはほんとヘロヘロだった。帰ってきたのは今日の朝5時。そして倒れるように寝た。
それはともかく、飲みの席でうちの課長代理が今年課長になれなかったことを延々と愚痴ってました。確かに、オチョコ課長に比べても代理のほうが仕事できると思うし、実際仕事もしてると思う。俺もそこそこ尊敬していたのだが、この一件で一気に失望した。一通り言い分を聞いたあと「結局ひがんでるだけですね」と一蹴しておいた。いくら仕事ができても人間的に尊敬できない相手には敬意を払うつもりは無いのです。
人それぞれ価値観が違うからなんともいえないけど、課長になることってそんなに大切なことなのかね。俺には理解できん感覚です。給料だって、代理は残業代がつき、課長はつかないという事情からほとんど変わらんらしいし。どうも同期が課長になってて、自分がなっていないのが気に入らないらしい。くだらねえ人種だ。
会社がでかくなると平等に評価するって言うのが難しくなる。忙しい部署にはたくさん人が配置されるし、それなりに能力のある人が配置されるから、その中で出世するのは難しい。楽な部署はライバルも少ないことから課長クラスならすぐなれる。確かに理不尽ではあるが、それが大企業のねじれってモンだし、あいつは14年間もそれに迎合してやってきたのにいまさら文句を言うのはおかしいよな。
人は相対的にしか自分を評価できないものではあるが。もっと自分で自分を信じて、評価してあげればそんなつまらん嫉妬に侵されることも無いと思うんだが。そのほうがストレスたまらなくていいと思うんだけどね。
さて、今日は髪を切りに行った。髪型も含めて、外見にはあまり気を使わない性質(あんまりいいことではないんだけどね。やっぱ外見にも人格が出るし、内面をきちんと見る人は少ないからな)なので細かい注文をすることなくばっさり切った。気持ちいいぐらい刈り上げた。今日から俺のことは『刈り上げ君』って呼ぶように。もしくは敬意を込めて『刈り上げ様』でもいいけど。
あとは引越しの申し込みをしたが、今申し込んで6月1日に引っ越せるとはとても思えない。退社後もしばらくこの寮に居座るかぁ。シェフと対決することになるのかなあ。
なにかを支配するのに必要なのは正義と力。
今は妄信的な力なき正義と、方向性のない正義なき力だけが横行している。
私はそれを結び付けてあげるだけでいい。
正義あるものには力を与え、力を持つものには方向性を示してやる。
つながり
今日は同じ部署の同期の方が送別会を開いてくれました。しかし集まり悪かったねえ。7時半からスタートして9時まで3人しかいなかったからな。案件リリースと重なって時期が悪かったがな。最終的には10人ぐらい集まって愉快に飲み食いしました。でもやっぱり同じ職場の人が集まると仕事の話になるのよね。私は仕事のことはぜーんぜんわからないのでニコニコしながら酒をかっくらってました。
サン=テグジュペリの『星の王子様』を読んだ。いまさらという気もするが。それでも読まないよりはいいと思う。童話など子供の読むものだという意見もあるが。童話を書いているのはたいてい立派な大人だし、子供の読む本だと決め付けるのは大人の了見だ。どんな本を読んで、何を感じるかは人それぞれで。子供は子供なりに、大人は大人なりの感じ方をする。ただそれだけのことだ。
小学校のころ勧められた記憶があるが、そのときは読まなかった。読書の習慣もあまり(というか全く)無かったし、王子さまって言う響きが少女漫画チックで拒否反応を示していた。典型的な食わず嫌いだが、今思えばあの時読まなくて良かったとも思う。
その当時に読んでも、今ほどは感銘を受けないだろうし、得るものも少なかっただろう。
そして一度読んだから、と理由でもう読まなかったりしたら。この感動を得ることは無かっただろう。
ひとつの岐路に立っている今、自分が本当に求めているものは何か、ということを考えさせるのに十分な作品であった。また自分では気がつかないうちに大人という名を持ち、社会という枠組みの中に組み込まれていた。自分だけは違うって思いながらも。いつの間にか。そのことに気づかせてくれた。中にはこれを読んでも何も得られないひともいるのだろうな。
所詮子供の読む本だって投げ捨ててしまう。でも私にとっては非常に多くのものが詰まっていて。そこには愛も、友情も、生きる意味もすべてが書かれている。実にわかりやすい言葉で。こういう作品をひとつでも生み出せたら。それはすばらしいことだろうなあ。
花は自己主張をしないから、こちらが気にかけて思いっきり愛してあげなければいけないんだ。人も同じだよね。
