タイトル「夏休みの計画=鬼が笑えば天使も笑う=」(2000字)

【本文=電撃文庫仕様、1行42字設定版】

「暑いわっ!」
「そりゃあ夏だし……」
 地面で鳴くセミを前にして、僕らは木陰に入って涼もうと座った。けれどちっとも風が吹か
ない上に、湿度は大して高くないのに、地を這うセミや路面に浮かぶ陽炎が、余計暑さを増幅
させている。
 確かにひなたが言った通り、暑い。暑いにもほどがある。湿度が低い分、不快指数は大して
高くないのだが、セミの声がそれを数値よりも高くするから厄介だ。何より、僕らの着た制服
がべったり肌に吸い付いていて、ひなたを見ればその下で柔らかに包むそれが透けて見えてい
るのだから、僕は余計違う意味で暑さを感じている。
 他の生徒はこの暑さも大して苦にならないらしく、遠くの街へと繰り出しているから、こう
してホテルのすぐそばの木陰に涼を求めるのは、僕とひなたの二人だけだった。
「ていうか、ホテルにいれば冷房だって有るのに、なんでこんなところに来てるんだよ」
 無粋な質問だとは思う。せっかくこうして修学旅行に来ているのだから、外に出ない方がど
うかしているといえばそれまでだ。
 ひなたは天然の栗色をしたふたふさの髪を揺らして、呆れ顔で言う。
「なら、あんたはどうしてここに居るのよ!」
「いや、まあ確かに僕が先に来てたけどさ」
「質問の答えになってないわよ。暑さで頭おかしくなったんじゃないの?」
 ひなたは首を傾げて笑った。
 僕がこうしてここに来た理由――。大した理由は無かった。ただ、街なんてどこに行っても
大して変わらない気がするし、滅多に出ない外の空気を感じようと思って来た、とでも言えば
納得してくれるだろうか。そう思って改めて僕が答えると、
「なあんだ。セミ獲りにでも来たのかと思った」
「昆虫採集って、僕はこどもじゃないんだぞ!」
 反射的に答えた僕に、ひなたはケラケラと笑った。
「じゃあ学者さんはお子様か何かなの? ファーブルさんはお子様ランチ食べてたの?」
「や、そうは言わないけど」
 いつもそうだ。ひなたは僕をどこか弄ぶ節が有る。かといって、ムカつくとかそういう気持
ちは全くないし、一緒に居ても気分が悪いなんてこともない。中学以来の友人というだけで、
それ以上でもないし、今はただ天文部で一緒という接点しか無い。
 それにしても、
「暑いな……」
「だって夏だもん!」
「そうだな……」
 そう言ったきり一瞬黙って、それから二人は顔を見合わせて笑った。まるでさっきと逆の立
場になっている。
「なあ、ひなた」
「んー? なにー?」
「今度の夏休み、何しようとか考えてる?」
「くはははは! 今夏じゃん、もう遅いって!」
「いや、そりゃあここは夏だけど、まだ二学期じゃないか」
「あ、そか。暑さですっかり忘れてたよ! オーストラリアの夏休みならいろんなことしたいな!」
「おいおい……。僕らは明日日本に帰るんだぞ?」
「って、あんただって来年の夏の話なんてしてたら鬼が笑うんじゃない?」
「う……」
 こうやってひなたはいつもケラケラ笑いながら、理詰めで話してくるのだ。これが真顔で言
われたらどれだけ落ち込むことか。
「うーん、でも」
「ん? 何か考えでも有るのか?」
「来年、じゃなきゃだめ?」
 遠くの陽炎に向けて、ひなたは言葉を区切りながら訊いてきた。
「まあ何だって良いさ。来年以外で何かやりたいことでも有るのか?」
「うん、まあね」
 そう言ったっきり二人とも黙ってしまい、やがて陽が傾いて、柔らかい風がひなたの髪を揺らした。
 ひなたはすっと立ち上がると、
「さ、そろそろみんな帰って来る頃だし、帰ろっか」
「ああ……」
 見上げた僕の目に、夕陽に染まり風になびくひなたの髪が、天使の羽のように映っていた。
僕はどうかしている。ただの友人であるひなたがそんなに可愛いわけがない。
 ホテルまでの帰り道、僕らは特に何を話すわけでもなく、並んで歩いていると、もう間もな
く敷地に入ろうとしたとき、ひなたが歩を止めた。
「ん? どうした?」
「うん、さっきの」
「さっきの? ああ夏休みのことか」
「そっ。わたしのなんて鬼が笑うどころか神様だってきっと笑うよ?」
 ほんのりと苦い笑いを浮かべながら、ひなたは言った。理詰めできるような話なら、百倍返
しで感想を言ってやる! と、大人気ない思いを抱きつつ、ひなたの計画を聞くことにした。
「それで、ひなたは何がしたい?」
「うん、二〇一二年の夏休みにね」
「えらく遠い話だな。もう僕らは大学生になってるじゃないか」
「そうなんだけど……」
 そう言うひなたの頬が、夕陽を浴びているせいか、ほんのり赤く染まっている気がする。
「こうして一緒に居られたら良いなって」
「何だそりゃ?」
「ううん、五月二十一日にも東京で一緒にいたいかも」
 一瞬、僕には何のことか分からなかった。けれど、その年月日を繋ぎ合わせてすぐ分かった。
「金環食、か? って、それっておい、どういう意味で」
「ふふ、冗談冗談! 忘れて!」
 ひなたはそう言って顔を真っ赤にしながらホテルの敷地へ駆け込んで行った。
 今のって、つまりそういうことなのか?

---

【解説など=電撃short3スレより一部改変】

「夏休みの計画」というテーマでは応募作品の多くが「夏休み直前」、

或いは「夏休み期間中」の話が大半を占めると想定し、戦略的に全く別の時期に設定しました。

一番かけ離れた時期として冬を検討しましたが、それではあまりにもかけ離れすぎていて、

「夏休みの計画」と繋がりを持たせるのに2000字では厳しいと考えられることから、高校2年生の

修学旅行(11-12月と設定)でオーストラリアに行っているということにしました。

当初は「南十字星」から「夏の大三角」へ繋げることも検討しましたが、これだといつでも見られて

しまうので貴重さが乏しい。2012年5月の金環食は中心軸が東京を通り、また、修学旅行時の

オーストラリアはこれからもっと暑くなる時期にあたり、一緒に太陽を見られたらというひなたの

思いは、そのときに「今」を思い出し、その後への想いを重ねています。

元はドリカムの「時間旅行」からの着想で、1990年制作のこの曲の場合、22年後という

途方もない後への願いを唄っています。これがようやく現実的モチーフとして用いれるように

なったので、機は熟したとの思いから引用しました。

歌詞の「緑の波」は景気の良かった時代、本作中にイメージされる「乾いた大地」は現代の

景気の暗喩です。けれども恋する気持ちはいつの時代も変わらないと思うのです。

地を這うセミは暑い地方ではむしろメジャーで、暑さを表すモチーフにしました。

本作中には敢えて入れなかったのですが、金環食は同じく歌詞に有る「太陽のリング」です。

当時ならお金は有ったでしょうが、知っていれば今はもっと「プライスレスさ」が感じられますし、

知らなければ「どうしてここで金環食なのだろう」という思いを巡らせることが出来る、

という効果を狙いました。

「髪がなびく」が続けて出る部分については描写不足は否めません。動いた結果、

動かず風によって、走り去る余韻として、とそれぞれ意味合いが違いますが、主人公「ぼく」が

無意識にひなたの姿を常に追っているさまを表し、ひなたの「計画」でようやく彼女の想い、

自分の底に有った感情に気づくということを表現しました。


大学に行っても一緒に居たい、その夏もこうして、ずっと一緒に――。

キスも抱擁も、これといって変わったことが起こるわけでもない、けれど可愛らしい仄かで

大きな恋する想いを感じてもらえれば幸いです。


これ、長編に持って行けたら良いなと思っています。


で、これは全くスレには書いていませんが、実は1行あたりの字数を睨みながら読点の箇所や

語句を選んで書いています。

42字詰めでも、23字詰めでも、禁則にかかる部分以外は綺麗に収まっているはずです。

生テクスト上での読み易さもさることながら、原稿が媒体に載ったときのことは一応念頭に

おいています。

はいはい、とらたぬとらたぬw


以下、MAGAZINE仕様の同作品です。

---


【本文=電撃文庫MAGAZINE仕様、1行23字版】

「暑いわっ!」
「そりゃあ夏だし……」
 地面で鳴くセミを前にして、僕ら
は木陰に入って涼もうと座った。け
れどちっとも風が吹かない上に、湿
度は大して高くないのに、地を這う
セミや路面に浮かぶ陽炎が、余計暑
さを増幅させている。
 確かにひなたが言った通り、暑い。
暑いにもほどがある。湿度が低い分、
不快指数は大して高くないのだが、
セミの声がそれを数値よりも高くす
るから厄介だ。何より、僕らの着た
制服がべったり肌に吸い付いていて、
ひなたを見ればその下で柔らかに包
むそれが透けて見えているのだから、
僕は余計違う意味で暑さを感じてい
る。
 他の生徒はこの暑さも大して苦に
ならないらしく、遠くの街へと繰り
出しているから、こうしてホテルの
すぐそばの木陰に涼を求めるのは、
僕とひなたの二人だけだった。
「ていうか、ホテルにいれば冷房だ
って有るのに、なんでこんなところ
に来てるんだよ」
 無粋な質問だとは思う。せっかく
こうして修学旅行に来ているのだか
ら、外に出ない方がどうかしている
といえばそれまでだ。
 ひなたは天然の栗色をしたふたふ
さの髪を揺らして、呆れ顔で言う。
「なら、あんたはどうしてここに居
るのよ!」
「いや、まあ確かに僕が先に来てた
けどさ」
「質問の答えになってないわよ。暑
さで頭おかしくなったんじゃないの?」
 ひなたは首を傾げて笑った。
 僕がこうしてここに来た理由――。
大した理由は無かった。ただ、街な
んてどこに行っても大して変わらな
い気がするし、滅多に出ない外の空
気を感じようと思って来た、とでも
言えば納得してくれるだろうか。そ
う思って改めて僕が答えると、
「なあんだ。セミ獲りにでも来たの
かと思った」
「昆虫採集って、僕はこどもじゃな
いんだぞ!」
 反射的に答えた僕に、ひなたはケ
ラケラと笑った。
「じゃあ学者さんはお子様か何かな
の? ファーブルさんはお子様ラン
チ食べてたの?」
「や、そうは言わないけど」
 いつもそうだ。ひなたは僕をどこ
か弄ぶ節が有る。かといって、ムカ
つくとかそういう気持ちは全くない
し、一緒に居ても気分が悪いなんて
こともない。中学以来の友人という
だけで、それ以上でもないし、今は
ただ天文部で一緒という接点しか無
い。
 それにしても、
「暑いな……」
「だって夏だもん!」
「そうだな……」
 そう言ったきり一瞬黙って、それ
から二人は顔を見合わせて笑った。
まるでさっきと逆の立場になってい
る。
「なあ、ひなた」
「んー? なにー?」
「今度の夏休み、何しようとか考え
てる?」
「くはははは! 今夏じゃん、もう
遅いって!」
「いや、そりゃあここは夏だけど、
まだ二学期じゃないか」
「あ、そか。暑さですっかり忘れて
たよ! オーストラリアの夏休みな
らいろんなことしたいな!」
「おいおい……。僕らは明日日本に
帰るんだぞ?」
「って、あんただって来年の夏の話
なんてしてたら鬼が笑うんじゃない?」
「う……」
 こうやってひなたはいつもケラケ
ラ笑いながら、理詰めで話してくる
のだ。これが真顔で言われたらどれ
だけ落ち込むことか。
「うーん、でも」
「ん? 何か考えでも有るのか?」
「来年、じゃなきゃだめ?」
 遠くの陽炎に向けて、ひなたは言
葉を区切りながら訊いてきた。
「まあ何だって良いさ。来年以外で
何かやりたいことでも有るのか?」
「うん、まあね」
 そう言ったっきり二人とも黙って
しまい、やがて陽が傾いて、柔らか
い風がひなたの髪を揺らした。
 ひなたはすっと立ち上がると、
「さ、そろそろみんな帰って来る頃
だし、帰ろっか」
「ああ……」
 見上げた僕の目に、夕陽に染まり
風になびくひなたの髪が、天使の羽
のように映っていた。
僕はどうかしている。ただの友人で
あるひなたがそんなに可愛いわけが
ない。
 ホテルまでの帰り道、僕らは特に
何を話すわけでもなく、並んで歩い
ていると、もう間もなく敷地に入ろ
うとしたとき、ひなたが歩を止めた。
「ん? どうした?」
「うん、さっきの」
「さっきの? ああ夏休みのことか」
「そっ。わたしのなんて鬼が笑うど
ころか神様だってきっと笑うよ?」
 ほんのりと苦い笑いを浮かべなが
ら、ひなたは言った。理詰めできる
ような話なら、百倍返しで感想を言
ってやる! と、大人気ない思いを
抱きつつ、ひなたの計画を聞くこと
にした。
「それで、ひなたは何がしたい?」
「うん、二〇一二年の夏休みにね」
「えらく遠い話だな。もう僕らは大
学生になってるじゃないか」
「そうなんだけど……」
 そう言うひなたの頬が、夕陽を浴
びているせいか、ほんのり赤く染ま
っている気がする。
「こうして一緒に居られたら良いな
って」
「何だそりゃ?」
「ううん、五月二十一日にも東京で
一緒にいたいかも」
 一瞬、僕には何のことか分からな
かった。けれど、その年月日を繋ぎ
合わせてすぐ分かった。
「金環食、か? って、それってお
い、どういう意味で」
「ふふ、冗談冗談! 忘れて!」
 ひなたはそう言って顔を真っ赤に
しながらホテルの敷地へ駆け込んで
行った。
 今のって、つまりそういうことな
のか?