近年、ボーイズラブ作品、通称BLが次元を問わず人気爆発しているが、“同性愛”という観点から見れば百合だって負けてないっ!

いっつも本屋やアニメイトに行って思うのだが、BLコーナーでっけぇのに百合コーナーが僅かってマジでなんなん!?

って思ってくれる同志がいると嬉しいなぁ・・・(独り言はこれくらいにしてっと。)

 

というわけで僕が愛読させていただいている一迅社様の百合姫コミックスの既刊から3シリーズを独断と偏見で勝手にチョイスしたから見てってな~www

 

【第1位】私の百合はお仕事です!

未幡(みまん)先生の描く、『私の百合はお仕事です!』、通称:わたゆり は、外見である“ソトヅラ”が完璧な金髪美少女の白木陽芽(しらき ひめ)がとあることを機に、リーベ女学園というコンセプトカフェで働くことになり、同僚の矢野美月(やの みつき)、間宮果乃子(まみや かのこ)、知花純加(ちばな すみか)、御子柴舞(みこしば まい)を含めたカフェでの関係とリアルの関係が複雑に絡まりあうストーリー。

今現在は6巻が最新で、7巻が次週発売となっている。

とにかく1度は読んでほしいなという1冊。百合百合しいほのぼのとした面はもちろん、上記のような人間関係のもつれや、それぞれの人物の持つ少々暗い過去といった様々な要素がうまくまとまったストーリーで、ドロドロすぎるのが苦手だったり逆にほのぼの過ぎるのが苦手といった人にピッタリともいえるだろう。

ちなみに次巻の表紙は推しの陽芽なので、もち予約済('◇')ゞ

 

 

【第2位】ささやくように恋を唄う

竹嶋えく先生の描く、『ささやくように恋を唄う』通称:ささこい は高校の入学式で先輩の朝凪依(あさなぎ より)に“尊敬”という意味で一目ぼれをした木野ひまりが即告白して、一方の依はひまりに“恋愛”の一目ぼれをしていて、ある意味勘違いの関係ができるところから始まるストーリー。

まぁ依がすぐ気持ちを話しちゃうから二人の間の勘違いは無くなるんですけど、依がひまりを惚れさせるために本気になってバンドを頑張るっていう展開と、実はすぐそばにもう1人、依を想う人物がいたり、バンド結成自体にいろいろと過去があったり・・・という既刊3巻の百合マンガです。4巻で過去にいろいろあったライバルバンドとの間になにか進展がありそうでなかなか楽しみなシリーズです('ω')

 

 

【第3位】徒然日和

土室圭先生の描く、『徒然日和』は田舎の女子高生4人がのどかな日常で起こる出来事をゆる~く描いたほのぼの系百合マンガ。

たしかに、他のマンガの比べてストーリーの抑揚は少ないが、なんか読んでるだけで幸せになれる、Koi先生の『ご注文はうさぎですか?』に近いものを感じる。ここからは個人意見になるが、マジで小春ちゃんが天使すぎるんです(*´ω`) 4人いると言いましたが、ハムスターみたいな小さくてかわいい肩くらいのショートカットの小動物系ほのぼの女子・小春(こはる)、都会から来た黒髪ロングで実は小春と幼馴染の天然少女・真冬(まふゆ)、結構頭はいいけど元気でムード―メーカー的存在のツインテ赤髪っ娘・七揶(ななや)、七揶と二人で同じアパートに暮らしている家事料理なんでもできちゃう大人しめのおっとり女子・実里(みのり)で、小春&真冬ペア、七揶&実里ペアというはっきりとしたカップリングになっていて、どっちもすばら~ですが、僕的には小春みたいな女の子がドタイプなので、“ふゆこは”一択です!

3巻の最後にはその“ふゆこは”のピュアな〇〇シーンがあるので尊死確定です!!(何度見てもあのシーンは神・・・)

 

しかしですね・・・残念ながら本シリーズは3巻で休載となってしまい、欲しかったアニメ化には届きそうにありません。。。

土室圭先生のモチベがあまり続かなかったのが理由とされており、どうやら先生自ら休載を申し込まれたとか・・・(泣)

個人的には、アニメ化まではいかずとも、ドラマCD化して、キャストは、いのりっくまねる大西沙織(小春・・・水瀬いのり、真冬・・・大西沙織、七揶・・・佐倉綾音、実里・・・加隈亜衣)が完成形だと頭の中で脳内再生していただけに、ホンットに残念です(*_*)

 

さて、いかがでしたでしょうか。同文庫の『たとえとどかぬ糸だとしても』(著/tMnR)も紹介したかったのですが、まだ最新刊まで読めていないので次の機会にしたいと思います。これを見て、百合に少しでも興味を持っていただけると幸いです!

                                                                             Fin.

 

 

 

 

今回は一旦青ブタから離れて、声優の水瀬いのりについて書きたいと思う。

 

彼女は24歳という若さにしては異色の長キャリアである超人気女性声優であり、抜群の演技力はもちろんのこと、すべてを魅了するような透き通った歌声や、かわいいルックス、思わず笑ってしまうトーク力など、様々な面でファンの期待に応えてくれる人であることは言うまでもないだろう。

 

さて、彼女はこれまで数多くのキャラクターを演じてきたが、今回はその中でも題名にある通り“負けヒロイン”について話したい。

尺の関係上、すべてのキャラを書くことはできないためピックアップしていこうと思う。

 

先ず1人目はなんといっても、翔子さんこと牧之原翔子だ。(レムと思った方、ご安心くだされ)

まぁ確かに桜島麻衣という絶対的存在がいるのはわかるが一応初恋の人であるし、おまけにあんなにかわいくて(幼少期)、美人じゃん(大人)。翔子さん推しの同志からすると劇場版の内容はとても重く悲しいが、それでも主人公が好きだから、好きな人の幸せのために命をもって未来を選びたいという愛と優しさの詰まった、すてきなヒロインであると思う。 P.S. あくまで個人論だが翔子はある意味勝ちヒロインなのでは?と思う希ガス(推しのバイアスかかってるが気にしないでおくれw)

 

次に2人目、もちろんレムでしょう。つい先日、リゼロの2期1話が放送され、1期からのレム推しには衝撃的すぎる内容だったと思う。私はもともと原作勢で数年前にこうなることを知っていたわけだが、それでも尚、原作の“断章・ナツキレム”がまさかあのような形でアニメ化されるとは思わず号泣してしまった。主人公にはエミリアという絶対的な存在がいるわけで、それでもなお支え続けたレムは主人公が運命から一緒に逃げようと言い出すも、それを正し、律してくれたあの有名な18話のシーンは思い出深い。(ちなみに一緒に逃げた設定のifストーリーが断章・ナツキレムの内容である)個人的には、確かに告白は失敗したが、もはや負けヒロインというかエミリアとダブルヒロイン的存在になってね?と最近思うがどうだろうか。いっそのこと二股すりゃいいのにw(ボソッ)

 

3人目だが・・・五月と吉乃の二人で迷ったが、五月は・・・というか五等分の花嫁は有名すぎてネタバレしてるので割愛して、政宗くんのリベンジの吉乃についてだ。アニメしか知らない人にはネタバレになるが、物語の前半、ヒロインをどうにか攻略して貶めたいとする主人公の師匠としていろいろと協力していた彼女だが、ラストの方で、実は主人公に抱いていた感情が恋なのだと気づいてしまう。でも主人公の好きな人は、自分の主であるヒロインだしどうすればいいのかわからず、関係がギクシャクしてしまうが最終巻にてヒロインに背中を押され、告白に踏み切る。もちろん“負けヒロイン”であるため失敗するのだが、気持ちが楽になって結局親友というポストに落ち着くという結末となっている。個人的には応援していたのだが、最終的にはああなったため、やはりヒロインの座は覆らないのかぁと思ったのを今でも覚えている。 P.S.ここだけの話、政宗くんのリベンジに関しては、めずらしくいのりんが役をしているキャラではなく、メインヒロインが推しであったことは内密にしてくれると助かる・・・

 

他にも書きたいキャラはあるがラスト4人目、いのりんをこれで知った!という人も多かろう2015年のアニメ映画、心が叫びたがってるんだの主人公にして負けヒロイン、成瀬順だ。幼少期の家庭内の問題がトラウマで、言葉がうまく出ない“たまご”に取りつかれた彼女。高校生になり、もう1人の主人公(男)のおかげで、だんだんと言葉の鎖が解け始めるが、最終局面、文化祭の舞台直前に彼には好きな娘(チアリーダー)がいることを知って、逃げ出してしまい、それを連れ戻しに来た彼と本音で語り合い、最後は劇を大成功させある意味ハッピーエンドとなった。ちなみに彼は件のチアと結ばれ、なんと順はもう1人の主人公(野球部のエース)と付き合うことになるという、これもまた負けというか引き分けヒロイン的な終わり方だった。原作はあの岡田磨里さんで、とても人間味のある青春ストーリーだったことを今でもよく覚えている。

 

ここまで読んでくれたあなたはどう思ったのか。

私自身としての感想は、いのりんって人気なキャラに限って負けヒロイン率高いな~というのが率直な感想だ。

他にも意見や反論、質問があったら、どんどん言ってくれるとありがたい。

Twitterのフォロワーさんからともりる(楠木ともり)についても書いてほしいとあったので、青ブタの考察とかしつつ、いのりんも、ともりるも書いていきたいと思う。

ではまた次回。

 

前回の、2.【考察・解説】青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない その1 にて、文章の〆のほうで私は、麻衣死亡ルートにて七里ヶ浜で絶望に瀕している咲太の前に現れ助けた大人の翔子(梓川翔子)が、観測理論において咲太が未来で結婚しているから量子もつれが発生した と言ったが、改めて考えると、(双葉の言葉を借りると)量子もつれは強い衝撃が起こることが原因にあるということは結婚しているだけでは成立しないかもと思ったため、もう1度整理してみたところ、新たな可能性が見つかった。それは、物語の最初から常によく見てきた“足踏み”にあった。麻衣が咲太の足を踏むのは最早ルーティーンとなっているが、“強い衝撃”という点では凄くあてはまると言えるだろう。麻衣の心臓を持った翔子は、麻衣の半身といっても過言ではないため、足を踏みまくっていたおかげで無意識に量子もつれが起き、それが影響して観測理論が成立したのではないか というものだ。一応言っとくが、あくまでも個人論であるため信憑性などは全くないと言っても過言ではない。論ずる1つとして捉えてほしい。これに関して意見や質問があれば言ってくれるととても助かる。ではまた。

~時間も記憶も全部、僕が未来に持って行く~

 

2019年6月15日に公開された映画「青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない」。鴨志田一先生の書く大人気“青春ブタ野郎シリーズ”の原作6,7巻の内容を描く感動のストーリーとなった。90分という短い時間の中にあれだけの濃い内容を、いろいろと端折った部分はあるとはいえ、脚本から作画、演技、音楽まであれだけ高クオリティーにまとめているのは素直に凄いと思う。

さてこの映画だが、1度観ただけで内容が理解できた方はどれだけいたのだろうか。少なくとも私は公開当時、理解できていなかったと思う。つい昨日、劇場版のブルーレイを視聴した(23回目)のだが、号泣するのはもちろんのこと、各所に「ん?これはどういう意味なのだろうか・・・」と思う点が未だに出てくる。思春期症候群自体が時系列などを把握するのをとても難しくしているため、考えれば考えるほど色んな謎が出てきて面白いうえに、これを0から考え出した鴨志田先生は凄いなと改めて思う。

題名にもある通り、【考察】を書いていくわけだが、かなりの量になりそうなので、今回は その1 ということにしたいと思う。

今回(次回もこの続くを書く予定)着目していくのは本作のキーパーソンかつ最推しの牧之原翔子の思春期症候群についてだ。

ここで1度おさらいしておこう。牧之原翔子(以下、翔子 と呼称)は簡単に言うと“きっかけ”だ。主人公である梓川咲太が妹である花楓の思春期症候群発症、そしてそれによる母親の精神病発症を機に二人だけで藤沢に、もっというと峰ヶ原高校に来たのは言うまでもなく翔子(高校生ver.)に咲太が出会ったからだ。いじめによる花楓の心の病に気づいてやれなかった、守れなかったと後悔し、打ちひしがれた咲太は、突如として胸にできた傷のせいで病院に運ばれ、医者どころか誰からも思春期症候群について信じてもらえず、放心状態で毎日のように七里ヶ浜にきていたところ、翔子に出会い、すべてを受け止め、芯のある温かい言葉をくれる彼女によって救われたのだ。

その翔子(大学生ver.)が再び現れたのが咲太が高校2年の秋、ちょうどかえでが花楓に戻った時(言ってることがわからない方はTVアニメ12話へ)だ。それまでかえでと過ごした思い出を抱え、喪失感に沈んでいるところにまた“あの傷”ができる。途方に暮れていた咲太に手を差し伸べたのは、撮影で不在にしていた麻衣ではなく大人になった翔子だった。

そしてここからが劇場版の内容となるのだが、今のところ、翔子が咲太の前に現れたのは2回。しかもどちらとも咲太が大変な時だ。(麻衣さんのセリフを引用) しかし、劇場版では開幕早々、咲太と麻衣と花楓が鍋パをしているところに大人の翔子が乱入してくる。加えて居候させてほしいとか。咲太や麻衣も不思議に思うのは当然だ。既に猫のはやてを梓川家に預けている翔子(中学生かつ咲太達に見覚えは無かったよう)の存在がある以上、“二人いる”と思うしかないのであった。だがここで実は中学生の翔子が心臓の病気で余命もあまりないという衝撃的な事実を大人の翔子から聞くことになる・・・

ここであらすじ?みたいな書き方は終わりにして本題に移りたい。先に結論から言うと、翔子の思春期症候群は朋絵の症状をベースにしていると思う(個人的感想)。ラプラスの悪魔の性質を具現化した症状となった朋絵が、“前沢先輩からの告白を拒む気持ち”と“麗奈ちゃんに嫌われたくない気持ち”の両方で葛藤し、自分の望む未来になるまで何度もサイコロを振り続けるというものだ。これと同じように翔子も、小学4年の時の授業で、「将来のスケジュール」というものを書くことになり、既に自分に残された余命が分かったいた故に、“成長したくない(死を迎えるから)気持ち”と“大人になってもっといろんなことがしたい気持ち”で葛藤し、症状が発症したのだ。

さっきも言ったが、翔子の症状の特殊な点はあくまでも“朋絵のがベース”であることだ。翔子は未来を拒んだ時点、つまりは発症した時点で時間がストップし、未来予想に入っている。ということはつまり、3年前でこの物語の“現在”は止まっているのだ。咲太が麻衣に出会い、朋絵に出会い、双葉が二人いたり、のどかと麻衣が入れ替わっていたり、花楓が戻ったり。三年前からここまでのストーリーは全て、小学4年の翔子の未来予想図に過ぎないということである。本編にて大人の翔子さんは 未来から来た と言っているが、それだけ見ると「過去に戻るのって難しいだろ・・・」と思うかもしれない。だがそもそも未来予想の中で生きているのだとしたらどうだろうか?いくら未来とはいっても予想の範疇であるし、言ってしまえば三年前までの“過去”ですら予想なのだからタイムリープだってできる、なぜなら実際に起きてはいない“過去”だから。そうしてある意味“未来”からきた大人の翔子は確かにここに存在しているし、病院には中学生の翔子もいる。なぜ同じ翔子なのに二人いるのか、そう、観測理論という点からいくと麻衣と双葉の症状も含んでいるからだ。観測理論という話は麻衣の回でもあったがまさにそれなのだ。ここで、え?同じ人物ゆえに大人と中学生の二人の翔子を同時に観測できないっていう似た症状ならわかるけど、麻衣みたいな認識されなくなるのは違うんじゃないか?と疑問に思っているのではないだろうか。まさにポイントはそこなのだ。未来からきた翔子は半分が未来、もう半分が現在にいる状態なのだ。つまり誰かに観測されない限りその存在は“現在”を生きる人からは見えないということになる。映画の中で、麻衣の亡くなった後、咲太が大人の翔子に導かれ“過去”に戻りクリスマスイブをやり直す際、尻を蹴りあい量子もつれを起こした朋絵に見つけてもらったことで存在が確定されたように、七里ヶ浜で励ましたり、かえでを失い悲しんでいるところを助けたり、居候しに来たりした“未来”からくる翔子は全て、量子もつれを起こしている誰かに観測されて存在を確定されていたのだ。それは誰か、もちろん同じ心臓を持つ咲太だ。また、翔子が咲太を助けた時に毎回できていた傷は、本来あってはいけない同じ心臓が二つ同時に存在していたからだ、というのは映画を見ればわかるだろう。

字数的にもその1はこのあたりできりたいが、述べていて自分の論に一瞬だけ疑問が湧いたので書いておくことにする。先ほど言った、翔子の存在を確定させたのは量子もつれを起こしていた咲太だという点、ではなぜ麻衣死亡ルートにて絶望に瀕している咲太を助けた大人の翔子は麻衣の心臓を移植されたのにも関わらず咲太に存在が確定されたのか?それは翔子がきた“未来”が影響している。このルートでは将来、咲太と翔子がSCAPES THE SUITE(劇中で大人翔子とデートした結婚式場)にて結婚し、“梓川翔子”となっている(原作本7巻を参照)。そう、咲太と結ばれた翔子が来たのだということはいくら心臓は違えども愛を誓った夫婦である以上、量子もつれの理論は成立するといっても過言ではないからだ。(あくまでも個人論)

尚、まるで恋愛シミュレーションゲームのような劇中の難解なルート分岐については次回、本題として書きたいと思う。

質問や意見等いただけると嬉しい限り。

ここまで読んでくれた同志、ありがとう。ではまた。

株式会社KADOKAWAの電撃文庫に鴨志田一先生 著/溝口ケージ先生 絵の『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』をはじめとする“青春ブタ野郎シリーズ”がある。中学校に入るとほぼ同時にライトノベルに夢中になった私は、先ほども述べた第1弾である『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』が発売されたその時は、「ユニークな題名のラノベだなぁ・・・」ぐらいにしか思っていなかったのだが、読んでみるとそれまでに体験したことのない世界観、1度読んだだけでは完全には理解できず何回も読み返して整理したくなる時系列などの独特な“鴨志田ワールド”に没入していった。鴨志田先生の著書は前にも読んだことがあり(「さくら荘のペットな彼女」)、奥深いストーリーはとても新鮮な感覚だった。それから4年後、2018年に今作がTVアニメ化されるという情報を知った。その頃の私は、某スクールアイドルアニメを機に、アニメ、そして声優にとても詳しくなっており、中でも最も好きな声優さんである(今も尚)、水瀬いのりさん(以下、 いのりん と呼称)が今作のキーパーソンかつ推しの牧之原翔子というキャラクターの声を演じることを知り、驚きと期待が入り混じってとても嬉しかったことを今でも覚えている。また、いのりんだけでなく、その他の役の声優さんも名前を聞いただけで出演作が思い浮かぶほど有名な方々で、壮大かつ緻密なストーリーに彼らの演技力が合わさるとなると、もはや期待を超えて安心しかなかった。そして秋アニメとして原作の1巻から5巻までの内容を放送した本作は、ネームと内容とのギャップも相まって、大人気となり、聖地である神奈川県藤沢市のバックアップもあって巡礼なども流行する一大アニメとなった。しかし青ブタの映像化はここでは終わらない。第6巻、7巻の内容が劇場版として翌2019年6月15日に公開されることになった。そう、翔子さん(翔子ちゃん)がメインとなるとても内容の濃い部分だ。受験生だった私であったが、小遣いをはたいて福岡・博多駅シティ内のTジョイ博多へ公開翌日に向かった。内容は言うまでもなく最高、というか人生で初めて映画館で号泣した(今となっては恥ずかしい思い出・・・)。ここで映画について語ると長くなるため端折らせてもらうが、なんというか、《人生観を変える1作》といっても過言ではないだろう。

月日は経ち、2020年。なぜ今、ブログをはじめようと思ったのか。1つは今冬に聖地である神奈川県藤沢市へ旅行することにしたからだ。どうして冬に行くのか、もちろん劇場版の内容の時期が冬、クリスマスだからだ。旅行に行くためにも今夏からバイトでもしようと考えているし、既に計画も立てている。そして実際に行って、そこで見たものや感じたことをSNSはもちろん、このブログで書きたいと思ったからである。そしてもう1つは、この難解なストーリーを自分なりに分析して、鴨志田先生の読者へのメッセージを文字にして発したくなったから。アニメだけ見た、原作も読んだに関わらず、このストーリーの真相をしっかりと理解できなかった人はおそらくだが数多くいると思われる。それほど奥深いし知的な難しいストーリーとなっているのだ。友人に勧められて、インターネットで見て、書店に売られているのを見て、様々な経路でこの本に行き着いた人たち、いわば同志が、本の内容が難しくてわからないから興味がなくなったと言って離れていくのをみるのは正直悲しい。だからこそ、この作品の本質を誰よりも研究して解説できるまでになりたい、そして語りたいと思い、ブログという道を選んだ。

以上のような経緯と理由で今書き込んでいるのだが、知らなかった人がこれを読んでくれて、少しでも青ブタに興味関心を持ってくれるとありがたいし、このシリーズを楽しんでくれるようにこのブログで活動していきたいと思う。もしかすると既に青ブタを知ってて、だからこそ読んでくれているのかもしれないと思うと、同じブタ野郎として感謝しかない。もちろん青ブタメインで、PCゲーム、スマホゲーム、アニメ、声優などいろんなジャンルを語りたいとも思っているので是非期待していてほしい。ここまで読んでくれてありがとう。ではまた次回。