昨日のマラソンを見て・・・ | 社会の役に立つ会社

昨日のマラソンを見て・・・

尚子限界3位 厳しい北京切符…東京国際女子マラソン

2006年11月20日(月) 8時5分 スポーツ報知

 ◆東京国際女子マラソン(19日・国立競技場発着) Qちゃん大ピンチだ。大会2連覇と来夏の世界選手権(大阪)代表入りを狙ったシドニー五輪金メダリストの高橋尚子(34)=ファイテン=は、31キロ過ぎから大失速し、2時間31分22秒で3位と惨敗した。97年の初マラソン以来9年ぶりに、2人もの日本人に敗れる最悪の結果。力の衰えも見え隠れする中、世界選手権代表入りは絶望的で、北京五輪出場への道も険しくなった。アテネ五輪5位の土佐礼子(30)=三井住友海上=が2時間26分15秒で優勝し、世界選手権代表の座を有力にした。(天候・雨、気温10・0度、湿度66%、東北東の風1・5メートル)

 足が止まった。終盤はジョギングのようなペース。ゴールにたどり着いても、いつもの笑顔はなかった。惨敗だ。冷たい雨が降る東京で、高橋が青写真に描いていた北京五輪への道を、第一歩から踏み外してしまった。

 「日本人に負けて悔しいとか悲しいより、31分もかかったことにビックリした」自己ベストより12分近く遅いタイムに、周囲だけでなく、本人も驚いた。

 マラソンで初体験の雨中レース。目深にかぶったキャップとサングラスで、表情を隠すように走った。土佐の後ろで、淡々と歩を刻む。だが、31キロ過ぎ、付いていけなくなった。「足がしびれてきた」ずるずる後退。どんどんペースが落ち、39キロからの1キロは5分以上かかった。キャップを脱いでも、ムチは入らない。39キロ過ぎには、マラソンが2回目の尾崎にも抜き去られた。

 日本人に敗れたのは、表舞台に登場する前の97年大阪国際以来。昨年、小出義雄氏から独立し、専属スタッフ3人と「チームQ」を結成し、練習してきた。だが調整ミス。「最後の1か月で体調を崩したり、うまく調整できなかった。練習はちゃんと自分に返ってくるんだと実感した」大会直前に、左ふくらはぎを痛め、この日も痛み止めを服用したことも明かした。

 「引退ということはないです」レース後は、気丈に口にした。沢木啓祐・日本陸連強化委員長も「体のケアなどに細心の注意を払えば、まだまだ全然、大丈夫」とかばうように話した。ただ、足に肉離れの大けがを抱えた昨年のレースで2時間24分台で走り、脱水症状で失速した03年のレースですら27分台だったことと比べて、あまりに無残な結果。悪条件を差し引いても、力不足だった初マラソンと10秒しか違わないタイムでは、2年後に36歳になる年齢も含め、“限界説”が浮上しても、おかしくはない。

 現状では、世界選手権代表入りは絶望的。これまで強さを警戒し対決を避けてきた日本人選手も、今後は選考レースで真っ向勝負を挑んでくる可能性もあり、北京への道はさらに険しくなった。「挑戦することは続けていく」最後は前を向いて言い切った。だが、マラソンランナー高橋尚子が、競技人生の岐路に立たされたことは間違いなさそうだ。

 ◆世界陸上絶望…残るは国内3レースだけ

 高橋が世界選手権代表を得て、同大会でメダルを獲得し北京五輪代表権を得る-そのプランは絶望的になった。

 北京へ残された道は、来年以降の選考レース(07年11月東京、08年1月大阪、同3月名古屋)で好成績を出すのが条件。だが、東京にはアテネ五輪金メダリストの野口みずき(28)=シスメックス=が出場を表明。高橋が今回のリベンジを狙うなら一騎討ちとなる。今後の選考レースの結果次第では、渋井陽子(27)=三井住友海上=ら有力選手の参戦もありそうだ。

 高橋は今回のレース後、「もしかして年何回か走れるかも」と話した。世界選手権→北京にこだわるなら、4か月後の名古屋(来年3月11日)か、時間はないが2か月後の大阪(同1月28日)に出て、世界選手権代表に再挑戦するという道もある。高橋は国内で年越しし、次レースへの策を練る。

[ 11月20日 8時5分 更新 ]


昨日は自宅でテレビ観戦していましたが、

「Qちゃんスマイル」が見れなくてとても残念でした。


僕自身、マラソンは大の苦手なので

42.195キロ走れることだけでもとても尊敬します。


雨が降り、コンディションの悪い中でのレースでしたが

走り抜いただけでも拍手を送りたい気持ちになりました。


今回は足の怪我もあり、3位と残念な結果になりましたが

北京オリンピックに向けてまた頑張ってほしいです。


土佐選手、すごいですね! おめでとうございます。