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メモ
嘉永6年(1853)2月に吉田松陰が江戸へ行く途中、室津の日和山の砲台場を見学した。 同年10月、浦賀で黒船を見た松陰は、長崎にロシア船が来航したことを知り、密航して外国へ行くために、船に乗ろうと、長崎に向かう途中、ここ室津に寄り、歌を詠んだ。その詩碑である。

 詩碑は松陰ゆかりの砲台場があった地に設置されました。



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意味                     ●松陰が木刀に書いた詩の石碑
故郷に帰っている夢をみて涙をこぼしていた時、船頭が「上関についたぞ」と大声を出したので目が覚めた。夢が夢だったので船室から起き上がるのが遅かったといって怪しまないでほしい。それに、今晩は、室津に泊まって明日は九州。これで長州の土地も見おさめになる。ふるさとの山に未練がないといえばうそになるが、くにを捨てたのだから故郷の山を見るのは忍びなくつらい。