
5月4日に永眠した父。
子供の日がお通夜、翌日が告別式。
5月7日には、孫3人(我が子たち)と、9日には息子達(弟1&2)が、九州から、各々の住まいに
戻って行きました。
↑写真は、9日の午後7時近く。
坂道。歩いて降りて用事を足し、また歩いて登って、途中で振り返った景色です。
猫がいました。
一昨年から昨年は、痛みの為に、この坂道は歩けませんでした。
翌日の5月10日が初七日法要。
母の代わりに、心尽くしの手料理を霊前にお供えしました。
お膳と呼べる程ではないけれど、両親が大好きな有田焼の普段使いの器を沢山使いました^^

さて、初七日法要の、日曜日の午前10時。
自宅で母と私の二人で待つも、待ち人来たらず。
自宅で母と私の二人で待つも、待ち人来たらず。
いわゆる“棚田”に、40年以上前に建てられた私の実家。周りも、道路の整備より先に家々で
埋め尽くされ、実家の敷地の、表も裏も、細い細~い道です。
表は車が入りますが、とても分かりにくい!(と、お坊さんの為に弁解し)
なんと、お坊さんは、裏口のすぐ近くで、乗ってきた軽自動車の左の前輪を脱輪!!
(しかも、表より人気(ひとけ)が無い~~~)
法要を済ませ、また脱出の為の作業開始!→無事に成功!!!
・・・という、笑うに笑えないような一幕もあり、もしや「お父さんのしわざかな」・・・と、母と
小さな声で話しました^^
翌日、ギリギリまで、家の事をして出発。
最寄りの「左石駅」で、この↓電車を見送り、反対側のホームから「佐世保行き」のMR(松浦鉄道)に
揺られました。

佐世保から空港バスに乗り、長崎空港から搭乗した、神戸経由便の【安い】航空便は
予定通り1時間ほど遅れ、神戸空港では待ち時間に(ささやかな楽しみだった)珈琲タイム♪↓

悠長にしていたのも束の間。
改めて乗った飛行機に不備があり、降りて待機して、別の便に乗り直す!という展開となり
危うく、その日に新潟に帰れるか!?という状況でした。
結局、2時間強も遅れて、何とか無事に羽田に到着。最終より少し早い時間で帰ることが出来ました。
新潟県南部の、雪の町に戻りました。
雪国の、遅い桜の花舞い散るゴールデンウィークの始まりから、花水木の花ほころぶ
雪国の、遅い桜の花舞い散るゴールデンウィークの始まりから、花水木の花ほころぶ
母の日の頃までに、故郷の九州を2回往復。
忘れられない一年になります。
相変わらず、父が亡くなってからも、笑いあり、時々涙し、愚痴もあり。
そんな一家です。
大喧嘩や、小さな喧嘩すら無いのは幸いです。
忘れられない一年になります。
相変わらず、父が亡くなってからも、笑いあり、時々涙し、愚痴もあり。
そんな一家です。
大喧嘩や、小さな喧嘩すら無いのは幸いです。