暑い暑い暑~い中での、滞在でした(^ー^;;;
とても忙しく、自分でいうのも変ですが健闘しました(笑)
 
母は、このまま行くと“要介護”ではなく“要支援”程度のレベルかなぁという感じの
病状としては、かなり回復している状態です。不幸中の幸いです。
 
ただ、本当に右側に麻痺が残っているので、実際の生活に、かなりの支障を来たすのは
間違いない状況です。もっともっと早く、認定の手続きを取っていれば良かった・・・と
今の自分の知識の無さを悔いても仕方ないので、とにかく一刻も早く認定してもらい
何らかのサービスを受けられるように、帰省前から、行政に連絡を取り、父の重い腰を
持ち上げるべく動きました。
 
弟1(長男)の紹介の紹介で、ケアマネさんに、すぐに会えました。
入院先の病院からも、特に拒否されず、その方に担当になって頂け、病室にも家にも
すぐに来てもらい“あとは主治医の意見書待ち”という現在進行形で手続きを進めています。
 
弟2(次男)が両親に買い与えてくれた“らくらくホン”も大活躍です。
両親それぞれに、だいーーーぶ慣れてきました。
 
私の長男・長女・次女も、私の一存で、今回九州に“派遣”されることになり、迷惑なんて
言わないと思いますが、なかなか大変です(^^;
なんせ、ずいぶん以前に“遊びに”行った以来の“母の実家・おじいちゃんとおばあちゃんの家”
ですから。
 
父も母も、いずれは・・・と思って片付けだした部屋。平屋で部屋数も少ないですが、やや
ビッグサイズ(二人、もとは大柄だったので)・・・途中で出来なくなったのは、加齢に因るものと
やはり体調の変化だったのでは・・・とは父の談。
自分も、かなり痩せちゃって“頑固”度が増しています~。母も、超~マイペース。さらに
最近ちっちゃくなったし~~~(~ー~;
 
次は、弟1と孫1(長男)が、嵐のように!?滞在し、どこまで片付けられるか、頑張って
くれます。はい、そう信じています。
その後は、孫2&孫3(長女&次女)が続きます^^
・・・しかし、私が、思うように運んだ事と運ばなかった事の両方があったように、次の事は
弟1に委ねます。無理は禁物。
 
お医者様は「順調に回復しています。あとは本人次第。いつでも退院していいですよ。」と。
この言葉に、ある意味騙され(?)ました。すごく安心しました。
実際にお話を聞けば「二人だけで、近くに誰もいないと無理でしょ。施設入所をお勧めします。」
こちらにしてみれば天と地くらいの違いです。
 
本人達が“居宅介護(または支援)”を希望している以上、始まりは、その希望に沿って
進めてみます。
いよいよ無理になる日も、いずれ来るかも知れません。いえ、間違いなく来ます。
その日までは。・・・いえ、その前ぶれを察知するまでは。
 
書類の提出などを勧めながら、まず私は、台所近辺の片付け。
父が“独身生活”を、どうやら体力が失われフラフラ状態で過ごしたらしい形跡だけは一掃し
決して悪いものを口にしないよう、その辺を重視して片付けをしました。
でも、一度に、思っている事の全部なんて出来やしません。
 
これからも、両親にとっては、かなり迷惑な風を吹かせる事になるでしょう。
まぁ、子供としての気持ちからの行動なので、とにかく我慢してもらいましょう!
私なんて、憎まれてもいい、という覚悟です。
 
 
昨夜、ここまで書いてストップ。
今日から、また忙しい日々の始まりです。(無理しすぎないで)頑張ります^^
 
 
 
 
最終日の病室で、二人で頑張るはずの両親が、私を挟み込んで「あーでもない・こーでもない」
「いい加減にしなさいよ」と、悔し泣きしてしまう場面もあり、と、少々情けない自分でした(^^;