穏やかな海、浮かぶ船。
遠くに小さな島が見え、その後ろからまっ白な入道雲が澄んだ青い空を登っている・・・
ベッドの上で朝食をとりながら、窓の外に広がるこの景色を眺めている母は今年、糖尿病30年目の夏を迎えた。
お隣のホテルの同じ階のフロアーは多分全員セレブで、こっちのフロアーは多分全員糖尿病。
老若男女、さまざまな人がいる中で、つい目で追ってしまうのは糖尿病初期の人。
そう、30年前の母と同じく『ぶりっぶりっに肥えている女性たち』。
その中で一人、気に入らないオンナがいた。
言葉を交わしたわけでもなく、ましてや何か嫌なことをされたわけでもない。それどころか、エレベーターで乗り合わせた時のカノジョはとても感じ良く会釈をした。
それなのに、私は初めてカノジョを見たときからカノジョに嫌悪感があった。
私と同じくらいの年齢。
何の嫌がらせか、常に半袖半ズボン姿。
当然、ぶよぶよの四肢が、常に剥き出しになっている。
脂肪で埋まった顔が笑うと、朝青龍にそっくりだ。
おデブはたくさんいて、また選りにも選っておデブばかりの部屋があり、陰で『デ部室』と呼ばれている部屋にカノジョはいる。
それなのに、カノジョばかりが目に付く。
【なぜだろう・・・?】
1週間経っても、私はカノジョを見るたびに沸き起こる嫌悪感を拭いきれなかった。
そんなある日、患者のおじいさんがカノジョに声を掛けた。
『この間、鍵を拾ってくれてありがとう』
するとカノジョは、きょとんとして『私じゃありません』と言った。
そりゃそうだろう、鍵を拾ったのは私だから。
真正面から渡して、私の顔を見ながら何度もお礼を言ったじいさんは、私の顔を忘れたらしい。
いや、そんなことよりももっと重大な事実がある。
私がカノジョを見るのも嫌な理由、それは容姿が自分と似ているということを無意識に自覚していたからだった。