中学生のころアレクサンドルデュマの小説を懸命に読んだ。冤罪で投獄されたエドモンダンテスははめられ、貶められたいきさつを知り、また、投獄されいた間に生活に困窮した親族が餓死状態で死亡したことを知った。恋人は貶めた人のところで妻として生活している。エドモンダンテスの復讐がこの小説の見どころとなっています。
理不尽なことがわたくしたちの社会でも起きていて、誰もが貶められるおそれがあるといえます。
冤罪はダメージが大きい。
2015年8月20日付けの新聞報道が警告している。
検察官は起訴するにあたって、証拠により判断をすべきであり、専門家としてのその適正が厳しく問われなければならないが、「初歩的な捜査を尽くせば明らかに冤罪とわかる事案をみのがしたこと」について、職務不適格として罷免される制度がないという。
審理をつくし真実を明らかにする場である裁判においても真実を審理できなかった裁判官もその立場は保証されていて罷免される仕組みはないという。かかわった検察官や決裁した上司が何かの責任を問われたという記事が掲載されるのを見たことがありません。
明らかな犯罪意思をもって貶める目的で強姦されたと主張した当時10歳代の女性がいたという。うその証言をして、またその兄も偽証をしたという。当該男性は無罪を主張したが最高裁でも冤罪を見抜くことなくそのままにして実刑判決。7年間も投獄された。
会社の重役としての立場を失い、近所でも噂をされ続けている。
新聞記事の指摘では、当初から、女性検事に「絶対に許さない」といわれ、無実の主張は一切きいてもらえず、捜査でも公判でも主張は何も聞いてもらえなかったという。
まるではめられたモンテクリスト伯爵のようです。
2008年起訴、2011年最高裁判所で確定、2014年5月虚偽親告した女性が被害証言は嘘と告白した。(性的被害の痕跡がないという診断結果を確認した。)
「絶対に許さない」と検察官が発言。
自分の気持ちに振り回されていることが推察できる発言ともいえますという指摘が見られます。「事実」を捜査することができず、当初からの「虚偽」をうのみにして、職務不適格ともいえるミスを犯したという。
検察官は「虚偽」を見抜くことができずに振り回された、という。この検察官の行った「捜査」とは「虚偽の自白」、あることないことでっち上げ作文した調書の作成をいうのでしょうか。
当該男性のダメージは大きい。
最後の砦である最高裁判所が冤罪を素通りさせる。信頼の失墜。もっと、司法関係機関と国民一人一人の間に緊張感がある制度が必要であると、この新聞報道は指摘している。
法に従う
社会の中で掲げるべき指針