2024-02-12 三題噺 縄・歌う・静かな神社

 

 

 「初詣はいかがですか?」

 道で出くわしたネズミが唐突に尋ねてくる。僕は歩みを止め、じっとネズミを見下ろす。コンクリートの地面に灰色の小ネズミが四つん這いで立っている。

 「初詣はいかがですか?」とネズミはもう一度尋ねてくる。

 「いいよ」と僕は答えた。

 神社はそう遠くないところにあった。見たことのない場所だった。この町で住んでいるというのに、この辺には一度も来たことがない。森に囲まれたところに神社は静けさを纏っており、鳥の鳴き声が遠くの空から聞こえてくる。虫の音は聞こえない。

 「こちらでございます」

 鳥居をくぐったところで、ネズミがすたすたと奥のほうへ歩いていく。その後ろをついていくと、ネズミはある縄の前で立ち止まった。縄は地面に適当に放り出されている。

 「失礼しますよ」

 縄を口に咥えたネズミが僕の足元をぐるぐるとめぐり、右足に縄を巻く。不思議なものだと思ってじっと待っていると、縄巻きを済ましたネズミが僕を見上げながら言った。

 「何があってもこの縄は解けないでくださいね」

 「わかった」と僕は答えた。

 神社の奥へと向かう。左右に石塔が並んだ道を真っすぐ歩いていくと、そのうち古い神社が見えてきた。ものすごく古い神社だ。所々に蜘蛛の巣が張られており、神殿は崩壊しそうになっている。

 僕は蝕まれた跡のある木材箱の前に立ち、軽く鐘を鳴らす。音は鈍って混濁している。次にお賽銭を五円投げ入れた後、二礼を上げる。それから最後に二回拍手をして、そっと頭を下げる。願い事は祈らなかった。

 どこかで歌声が聞こえてくる。声のしたほうを見上げると、いつの間にか屋根に上ったネズミが細い声を出していた。

 「そこで何をしているの?」と僕が問う。

 「歌を歌っていますよ」とネズミは答える。

 神殿の壁に寄り添ってネズミの歌声に耳を傾げる。木の上から鳥の歌い声も聞こえてくる。神社は不思議な静けさに包まれている。

 「そういえば、今日って新年だっけ?」

 ふと思ってきくと、ネズミは楽しそうに歌声を揺さぶった。

 家に帰ったとき、縄は解けてなくなっていた。