「ランドリオール」155話「クエンティン」。DXはいかにしてクエンティンに勝利したか。改めて考えてみました。

「ランドリオール」155話「クエンティン」。一度感想を書きましたが、何度か読み直しているうちに、さらに深くまで読み取ることが出来たので、改めて感想を書いてみたいと思います。

コミックZERO-SUM2016年5月号
一迅社


154話までで、DXとクエンティンの戦いにほぼ決着はついていました。しかし、元々クエンティンは捨て身です。王女リルアーナの娘・ユージェニを利用してまで、アトルニアに復讐をしようとしていた。たとえ今自分が死んでも、自分がアトルニアにかけた呪いは解けない。その呪いによりアトルニアは瓦解するだろう、だからそれで自分の復讐は成就する、とクエンティンは考えています。

だから幽明界(?)で、クエンティンはDXにいうわけです。「私が死のうと意味は無いよ。王城の呪いは消えない。君を讃えるはずの国はすでに壊れてる」と。

しかし、戦いはまだ終わっていなかった。

アトルニアは壊れてなどいなかった。

それは、王城で必死で戦っている人たちがいるからです。

自分の身を滅ぼす可能性まで考えて自分の召喚猫に指令を与えていたアニューラス。全てを知り議会を説得するオズモ。ロビンの出現により自分を取り戻し、的確な指示を下した大老にして新王・ファラオン卿。レイもベネディクト卿もそれぞれ、自分のやるべきことを果たしています。

DXはいいます。

「どうなってるかなんてわからないだろ。あなたはここにいるんだし・・・王城にはおれよりずっと頼りになる人たちがいる。だから俺は負けなかった。俺が負けなかったんだからアトルニアだって呪いに負けたりしない」

クエンティンの鎖にひびが入り、くだけ散る。そして幽明界の、アトルニアに対する呪詛に満ちた、ザンドリオが落ちて奴隷にされていた頃のクエンティンは消えて、生身のクエンティンに戻る。

「だから俺は負けなかった。俺が負けなかったんだからアトルニアだって呪いに負けたりしない」

という言葉は、クエンティンに対する、「DXの勝利宣言」だったのです。

そしてなぜDXは「負けなかった」のか。それは、王城で戦う人たちを信じていたからです。そしてそれを、時を同じくしてオズモが王城の議会で宣言している。「我々がかつて駆り出された砂漠で、今は王位継承候補(DX)が戦っている。背後は我々が守ると信じ、自分はたった一人で!」その信じる力で戦っている、その強さでDXは勝利するのだ、と言っているわけです。

自分たち、王城のアトルニアの指導者たちは、DXの戦いに、答えられる存在でなければならない。オズモはいいます。「王城(ここ)は騎士を迎える場所たりえるか?彼の忠誠に値すると誇れるか!」オズモの飛ばす檄。それはオズモ自身の真実なのですね。DXが遠い戦場で戦っている今、自分は王城を瓦解させてはならない。ここでアトルニアの結束を守り抜くことこそが、DXの戦いを支えることであり、真にクエンティンに勝利することであるとオズモは言っている。そしてオズモは呪いなどに負けず、必ずアトルニアを守り抜くだろうとDXもまた信じていて、だからDXはクエンティンに勝利することが出来たわけです。

つまり。

オズモはDXがクエンティンに負けないと信じ、DXはオズモが呪いに負けず国を守り抜くと信じている。その「信頼の強さ」が、人を信じることが出来ない、呪いによってしか人に接することが出来なくなったクエンティンに勝利した、ということな訳ですね。

そして現実の世界に再び戻って来たクエンティンとDX。DXに自分を取り戻させ、その本来の意志の力でクエンティンに勝利することが出来たのは竜創が発動したかららしい、ということにDXは気づく。そして、その竜創を発動させたのは、メイアンディアでした。

クエンティンに駆け寄るユージェニ。その涙を見て、クエンティンは「大事なこと」を思い出す。

そしてこの思い出したこと、記憶の復活は、どうやらメイアンディアの能力、戦いの文脈でいえばメイアンディアのクエンティンに対する「追い打ち」であるらしい。

クエンティンの強さは、「人を信じない」強さだった。呪いによって国を滅ぼせるだけの力を、彼は身につけていた。しかしその強烈な復讐心に、その「記憶の復活」がやさしく「攻撃」をかけて来るわけですね。

その蘇ったクエンティンの記憶の中には、美しい王女リルアーナ、と幼い、利発そうな、そして間違いなく幸福なクエンティンがいる。クエンティンは真心をこめて、駆け落ちして行くリルアーナに「七粒の涙をこぼす羽根」と「祝祷」を送った。クエンティンはリルアーナを「大切な女性」とまで言っている。実際に結ばれるわけではない年上の女性への、これは正に「騎士の愛」であったのだと思います。「ありがとう」と何度も繰り返すリルアーナ。それを思い出したクエンティンは混乱します。自分の中に、復讐心と呪いしか無いと思い込んでいた自分の中に、そんな美しい愛と感謝があったことを思い出して、ひどく驚いてしまいます。

そして、逃げ延びる、落ち延びる時に、自分を救ってくれたのは、リルアーナの恋人である、DXと髪の色と目の色が同じ従騎士だった。それはユージェニの父親であるわけです。そのことをクエンティンは思い出し、ユージェニに伝える。「君の生まれる前に死んでしまった父親が、自分の命を救ってくれたのだ」と。そんな深い恩、深い愛が自分にも注がれた。そのことをクエンティンは思い出してしまった。

そしてさらに、リルアーナはクエンティンへの愛、いや騎士の愛に答える高貴な女性の愛は友情と言うべきでしょうか、と恋人への愛とで、必死にクエンティンを探し出し、クエンティンにもらった「七つの涙をこぼす羽根」を代償として差し出してまで、クエンティンを救い出した。愛と、信頼と、友情。それがいかに深く自分に注がれたかをクエンティンは思い出してしまった。

「これはあなたの天恵(しわざ)か・・・メイアンディア」と半ば恨めしそうな、半ば感謝しているような顔でメイアンディアを見上げるクエンティン。その胸には、もう闇がほとんど消えている。

クエンティンの復讐心と呪いを、メイアンディアが完膚なきまでに叩きのめした。そこまで行って、彼らはクエンティンに本当に勝利したことになる。

今回の展開はものすごく深くて、最初に感想を書いた時には読み切れなかった。今朝、寝起きで自分の中で考えていたことがあって、それでゼロサムを読み直したら、何だかものすごく深いところまで表現されていることをようやく読み取れた、という感じがしました。

しかし、クエンティンの闇は、もう消えようとしてはいるけれどもまだ完全ではない。そして対峙しているメイアンディアは、鼻血を流しながらも天恵を発動させる時の目をして強い意志でクエンティンを見つめている。

ここから、まだ先がありそうですね。

今回は、人を信じることの意味、人を信じることが持つ力というものを、深く認識しないとしっかり読み取れないところがあるんだなと改めて思いました。逆に言えば、人を信じられなくなっている時には、入ってきにくいものがあるかもしれません。なにか心に棘のように引っかかっても、それがなんなのかがよくわからない。しかし、それを読んでいるうちに、あるいは実生活で人を信じることの意味を考える機会があったりすることによって、より深く読むことが出来る、そんな内容だったと思いました。

本当に良かったですし、次回がまた改めて楽しみになりました。おつきあいくださってありがとうございました。