月刊!スピリッツ 2014年 8/1号 [雑誌]/小学館

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月刊スピリッツ8月号で松田奈緒子さんの『重版出来!』22話を読みました!(その1)

この作品に関しては単行本派になろうと思っていたのですが、月刊連載でなかなか単行本が出ないので、つい雑誌を買ってしまいました。前回読んだのが19話でしたから、途中2話分飛んでいます。

バックナンバーを調べてみて思ったことは昨日書きましたが、今回はそういうことは抜きにして感想を書こうと思います。いや、作品が面白かったことは確かなので。

ここのところずっとメジャー系の少年マンガを読む時間が長く、特にここに感想は書けていないのですが『One Piece』を読み返している時間が長いので、久しぶりにこういう「大人向け」の「社会の苦さ」「才能という化け物」を描いた作品を読むと、すごく新鮮な気持ちになりますし、また『One Piece』や『進撃の巨人』、『シドニアの騎士』などの裏にある何というか得体の知れない何か(作品がそこから生まれて来る才能という名のブラックホールとでも言いますか)のようなものを考えるきっかけにもなりました。

2話分飛んでいますが、話は基本的に19話の続きの、二人の新人作家を巡るストーリーが続いています。中心になるのは大学で同人マンガを書き続けていた絵が達者な東江絹(あがりえ・きぬ)と一人で孤独にマンガを描き続けた、絵は下手だけれども迫力があり、天才的なストーリーを描く中田伯(なかた・はく)の二人です。

二人とも、もともとは主人公の黒沢心(くろさわ・こころ:出版社・興都館のマンガ雑誌「バイブス」の編集者)の担当だったのですが、東江はダメ出しを続けられているうちに先が見えなくなってしまい、先輩編集者・安井に原作つきの作品を描かされるという形で取られてしまいました。一方中田は賞を取って掲載されたのですが、あまりに絵が下手であることに掲載されて初めて気がつき、ベテランの三蔵山のアシスタントを務めて絵の練習を積みながら、ネーム(作品の下描き)をどんどん描いて黒沢に見せています。

東江はなんとか原作つきの作品が雑誌に掲載されたのですが、マイペース(というか作家の都合を考えない)安井に翻弄されて、愚痴を彼氏の英にこぼしたのですが、それを聞いた英が怒ってしまい、興都館を訴えると言いだしました。

きょとんとする東江。自分が新人で商業誌のことを分かっていなくて、同人誌からプロになれるチャンスなんてなかなかない、という東江に彼氏は騙されてる、いいように使われている、というのです。

東江は戸惑って、バイブスに載ったとき、100%自分の作品とは言えないかもしれないけど嬉しかったし、もっと頑張りたいと思った、というのですが、彼氏は「お前の代わりなんているだろ?何でそんなんで頑張りたいと言えんの?」と言います。(それは言っちゃいけないよな、と思いますよね)

東江はひとこと、「好きだからだよ!」と答えます。「好きだけで世の中渡って行けるわけないだろ。」という彼氏に東江は、「英君は一度でも自分の好きなことに真剣に向き合ったことあるの?」とたずねます。言葉に詰まる彼氏。「本気になったことない人に、社会に出て苦しんだことのない人に、何も言われたくない!」と言い切る東江。でも、「ごめん、言い過ぎた」と言って家に帰るのでした。

自分の好きなことに真剣に向き合う、というのは楽しいことばかりではないですよね。自分の力の限界を感じたり、自分がよいと思うものを作っても理解されなかったり、ある意味挫折の連続でもあります。でもいつかそれが実る時が来ることを信じて、自分がよいと思うものを作り続ける。人の意見に振り回されてぼろぼろになるときもあれば、自分の考えや感情にこだわり過ぎて周りが見えなくなる時もある。そのわずかなすきまの道を血を流しながら前に進んでいく、自分の好きなことに真剣に向き合うというのは、そういうことだと思います。

…こういうことを書いていると、逆に自分自身が励まされる感じがしてきますけどね。(笑)

うちに帰って原稿の直しをしている東江は、同人誌サークルの部長に電話をします。下請法の違反で出版社を訴えよう、と彼氏が言っているという話をすると、部長はそれはマンガ家は当てはまらないよ、と言います。創作物を作っているマンガ家は下請けではないからです。

部長のことば。「でも、窮屈な話ね。創作は純粋に天と地を繋ぐものなのに。人間社会の生臭い都合を持ち込むなんて。濁るわ。天の泉が濁るようよ。私たちののどを潤す泉が…前にも行ったはずよ。才能のあるものはその才能の奴隷となれって。どんなに辛くても天の泉を汲み続けるのよ。」

まあその通りですが、大仰と言えば大仰ですね。東江もちょっと鼻白んでいいます。「でも私そんなにいいものでもないかも。みたでしょバイブス。自分のマンガとは言えないし自分の絵とも言えない気がして。商業誌に載ったのは嬉しいけど、本当によかったのか分からない。せっかくプロデビューできたのに、マンガを嫌いになりそうで怖い」と。

部長は言います。「混乱してはだめよ、絹。あなたが嫌いなのはマンガじゃない、今描いてる作品、仕事のスタイルよ。素敵な絵を描ける人はたくさんいるわ。その中から選ばれたチャンスだもの、しっかり全うすることね」と。

それを聞いて東江は思います。そうだこれは自分で選んだことだ。とにかく今は真剣にこの作品に取り組むこと。道を決めるのはそのあとだ、と。

「混乱してはだめよ」以下の部長のセリフはいいですね。何が好きで、何が好きでないのか。やっていることが面白くないと、それを混同してしまうことはよくありますね。これは好きなのだけど、このやり方はしたくない、ということは、はっきり認識しておかないと「全部がダメ」とか「本当はそんなに好きじゃないんじゃないか」というような気がしてしまいますからね。そこにも罠があるわけです。迷ったときに、「好きなものを見失うな」とアドバイスしてくれる先輩がいるというのは、凄いことだなと思うし羨ましいことだなと思います。

そんなことをしていると東江の兄が帰ってきます。ずいぶん遅い時間、起きてたのかと驚く兄。仕事大変なの?と聞く東江に、仕事はみんな大変だろ?と答える兄。

東江はまた思わず愚痴が出ます。久しぶりに彼氏に会ったらバイブスを訴えようと言われちゃった。そんな話の前に労ってくれよ、って感じだよ。分かってないよ、というと、兄は王子様だな、と一言。お前が辛そうだから何かしてやりたかったんだよ。焦ってんだよ、お前だけどんどん先に行くから。お前こそ分かってやれよ、という兄。

東江はショックを受けます。正直ちょっと羨ましいよ、好きなことに人生賭けられて。感謝しろよ、当たり前じゃないんだぞ。その分厳しいかもしれんけどな。

兄の言葉に、東江は自分が自分のことで一杯いっぱいになっていて、彼氏のことを分かってなかった、とショックを受けます。慰めて欲しくて愚痴を言ったけど、そういう愚痴は自慢の一種なのかもしれない。ましてや持ってない人にとっては、と。

この辺り凄い、というか、そんな恵まれてる人おらんやろ、と思います。(笑)理解してくれる先輩、足りないところを優しく指摘してくれる兄。こんな人に囲まれてたら彼氏と行き違いとか起こらないよね。って、まあそういうのって、当たり前な人は当たり前かもしれないけど、そういう人がいない人たちに取ってはホントにファンタジーだなと思います。まあある意味この作品は、大人のファンタジーという部分があるわけですけどね。

部屋に戻ってスマホを見ると彼氏彼のメール。きちんと謝っている彼氏でしたが、でもやっぱ安井は変だと思う、と書いていて、なんで?と思う東江。検索を賭けてみると、「ツブシの安井と言われてる」など、悪口が並んでいて、東江は自分が、自分の都合のいいところしか目に入らなかったんだ、ということに気がつきます。

黒沢を捨てて安井を取ったこと。それは自分で地道に努力すること、成長することを拒んだんだ、ということに気がついたのです。「黒沢さん、あんなに一生懸命やってくれたのに。先を急いで周りが見えなくなって、私は信じている人の離してはいけない人の手を離してしまったんだ。」と。

後の祭り、なのですが、先の見えない(気がする)努力を続けるよりも、目の前にぶら下がっている良さそうに見えるものに飛びついてしまう、と言うことはあることだなと思います。そのことに初めて気がついた東江。どういう風にこれから展開して行くのでしょうか。

後半は、中田伯のエピソードになりますが、だいぶ長くなりましたので、今回はここまでにしたいと思います。

久しぶりに読みましたが、本当にいろいろ考えさせてもらえる、素晴らしい作品だと思いました!