はなしっぱなし 上 (九龍COMICS)/河出書房新社

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月刊アフタヌーン6月号で、五十嵐大介さんの新作読み切り『ウムヴェルト』を読みました!

『海獣の子供』の連載が終わり、今年は『リトル・フォレスト』が映画化される五十嵐大介さんですが、アフタヌーンに66ページの読み切り、『ウムヴェルト』が掲載されました。冒頭の4枚がカラーなのですが、絵本も出されている五十嵐さんらしい美しい水彩の彩色です。主人公の女の子は五十嵐さんらしい目の大きな子なのですが、生物研究所を逃げ出した彼女はどうやら普通の女の子ではないようです。拳銃らしきものを持ち、遠くの物音を聞いています。

一方で壮大な計画が説明されています。人類の大部分を小惑星に移住させると言う計画に基づき、科学者たちが「ナラ・プラント計画」を立ち上げます。これは小惑星全体を覆い尽くす新たな植物を開発し、人類のコロニーに酸素を送り込むと言う計画なのだそうです。

一方そこでの労働力を生み出すために、新たな実験動物を作り出す計画が進んでいて、どうやら冒頭で逃げている女の子は、ここで指摘されている「醜い生き物」であるようです。

捜査隊が逃げている「動物」を追っているのですが、その中心らしき人物は喉頭がんで声帯を切除し、ペンライト様の「人工喉頭」を使って話しています。そこに現れたこの生物を開発した奥田という男は、知能が低いと言う資料を否定し、言葉を話せないが敵地脱出訓練を受けたと言って、それに耐えられるような知能を持っているということを示唆します。この「動物」は銃の使用の仕方のビデオは見ているが使用したことはない、ということでつまりは銃を使う可能性は十分にある、という状態のようです。見た目は人間なのですが、それは奥田の研究によって動物が人化させられた存在、「ヒューマナイズド・アニマル」なのだといいます。

「彼女」は虫を捕って食べます。彼女は少女に見つかります。少女は巨大なカエルのような足以外は人間の「彼女」を見て、改造された人間だと思います。そして服を与え、「何かしてもらったらありがとうというのよ」、と教えます。そして食べ物を持って来ようとしますが、持ってきたときにはもう彼女はいなくなっています。

奥田によると、彼女は雨蛙の皮膚を持っていて、人や動物の気配や感情を察知するのだと言います。例えば嗅覚に優れた犬は、世界を臭いによって構成し把握している、それが犬の環世界=ウムヴェルトだといいます。カエルの手足を持つ彼女は、台湾のような文字の書かれた街の中を人間のように歩いていますが、危険を察知するとさっと屋上に飛び上がり、屋根の上を飛び跳ねて行きます。

奥田の所属する研究所はとある農薬会社で、その会社は捜査隊の属する民間軍事会社を買収したのだそうです。ということはこの情報も表に出ないということでしょう。人目の少ない造船所に彼女を追い込んだ捜査隊は、彼女との距離を縮めて追いつめますが、彼女は捜査隊とバトルを繰り広げながら蝶を捕食するくらい、余裕を見せています。しかし追いつめられ、棍棒で突かれて結局捕まってしまいました。

なぜ彼女は海へ逃げたのか。奥田は、海のうねる音が聞こえて何の音か確かめたくなったのでは、と答えます。なぜ宇宙活動用の人化動物にカエルを選んだか。それはカエルが大合唱によって、音で世界と一体化出来る動物だからだ、と奥田はいいます。カエルは人よりずっと宇宙空間になじむだろう、というのです。

捕まった彼女を、奥田は治療し、人工喉頭を使って彼女に言葉を話させようとします。彼女は「ありがとう」と言います。そして奥田はいうのです。

「やはり神の似姿は、きみらにこそふさわしいよね。きみの環世界を僕に分けておくれ。蛙の感じる宇宙を。神から最も遠い存在となってしまった僕らのために」と。

少女が軍事会社と演じる大捕り物も楽しいのですが、テーマは彼女が感じている「環世界」ということなのですね。五十嵐さんの作品は、「はなしっぱなし」や「そらとびタマシイ」など、この人は普通の人間とは違うように世界を感じているんだろうなと思わせるものが多くて、きっとこの少女には五十嵐さん自身を、あるいはもし五十嵐さんがすでにそういう世界を失ってしまっているのなら、過去の自分を描こうとしたのではないかという気がします。世界をどういう風に感じるか、いやその人や動物の知覚が世界をどういう風にとられているかというのは、とても興味深い問題です。

この作品は、五十嵐さんの原点を描いた、そんな作品ではないかと思いました。