アニメージュ 2014年 06月号 [雑誌]/徳間書店
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昨年大ヒットしたアニメ『進撃の巨人』ですが、先ごろ書きましたようにアニメージュ主催の「アニメグランプリ」で見事3冠(声優部門まで考えたら実質4冠でしょう)に輝き、表紙を飾っているとともに関連記事もたくさん掲載されていました。


また、最近アニメ雑誌を見ていると荒木哲郎監督の記事をよく見かけるようになりました。昨日買った『アニメスタイル』でも荒木監督のインタビューが合計24ページ、それも4段組みで掲載されていましたので、これも相当な分量だったと思います。もちろんそれだけの内容について一度に感想を書くことはできないので、何回かに分けて書きたいと思います。


『アニメージュ』の方の対談は、アニメ映画『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ 』の平尾隆之監督との対談。まず最初に、『進撃の巨人』テレビシリーズのストーリーというか物語構成について話題になりました。

どういうことかというと、普通のアニメシリーズというのは、先ず第1話で面白いところを相当見せて視聴者にカタルシスを与え、引き付ける、というのが最近の定石になっているそうなのですが、『進撃の巨人』ではそれをやらず、とにかくやられ続ける展開になっている、ということだったわけです。平尾監督は2話までしか見ていないそうなのですが、2話まででは全然ストーリーが始まっていない、つまりまだ設定の段階、状況説明の段階だというのは、「チャンネルを変えられてしまう」という恐怖はなかったのか、と質問したわけです。


それに対し荒木監督も、もしオリジナルだったら相当勇気が必要だったと思うけれども、この作品に取り組むときのスタンスが、とにかく原作に自分自身が掴まれていたから、原作通りに「オフィシャルな映像化」に徹するという姿勢だったから、と答えます。また快楽的な要素としてはアヴァンの立体機動の場面、エレンの母が巨人に食われる衝撃的な場面、超大型をちらっと見せて「いずれこいつと戦いますからお楽しみに」的な要素もあったというわけです。


そして荒木監督は、『進撃の巨人』の1話2話の作り方は「今のアニメ」の作り方では標準ではないかもしれないが、より普遍的な意味での映像文法的にはメジャー、というか本当に定石通りに作っている、というわけです。大きな快楽=カタルシスを生むためには、セットアップで我慢=ストレスを積む必要がある。その通りにできたのはやはり原作のマンガ『進撃の巨人』が凄い人気作品だったからで、「あんたたちには横綱相撲が取れるからいいよね」と嫌味を言われたこともあったのだそうです。


そうそう、このアニメの作り方の一つの大きな特徴は、スケールの大きな横綱相撲を取りきった、ということだったと思います。


しかしもちろん、ストレスのみを与えていても期待を持たせられないわけで、荒木監督が考えていたのは、「ストレス描写を重ねつつ面白さの期待、将来の快楽の期待が持たせられるかが勝負だ、と意識していたのだそうです。視点をミニマムにしていけば、「語り方」そのものの快楽とか、いろいろある、といい、平尾監督もそこがちゃんと作られていたからコアなファンからずれることもなく、同時に広範囲に受け入れられたのだろうと答えていました。


このあたり、物語の構成についてはいろいろ考えさせられることがありました。荒木監督は「原作通り」と言いますが、実際には原作で諫山さんはまず巨人との戦闘を優先し、4巻の初めまででまずトロスト区攻防戦を終わらせてから、訓練兵団時代の話に入っていっています。それは、やはりアクションがないとすぐ打ち切りにされてしまうのではないかという恐怖があったからだと言い、もし描き直す機会があったら時系列通り、訓練生時代をトロスト区攻防戦より前に入れたい、というようなことをどこかで発言していたと思います。


ですから逆に言えば、原作通りというよりは原作者の意思通りの順番でアニメは構成されたということで、そのあたりでも原作者自身の満足度がかなり高いものになったということがあったのではないかと思います。


このあたりの考え方は、私はもともとの原作ファンですのでどうしても諫山さん側からの見方が強かったのですが、最近荒木さんの発言を読む機会が増えていて、アニメの作り手からの見方というものがよりわかってきて、かなり共感する部分が増えてきました。


というのは、マンガ家というのは基本的に個人業主であり、個人の作業であるわけですが、アニメ制作というのはチームで行われ、常にてんやわんやの中でクウォリティの高いものを目指していく集団作業の側面が強いからなのですね。私は学生時代に劇団をやっていたこともあり、そういう集団作業の様子にすごく魅かれるものがありました。作画の原画を書き、動画を書き、3Dの画面をつくり、背景美術に合わせる。その緻密な作成の上に、花のある声優の声を重ねて場面を作っていく、その様子はやはりすごく芝居作りに似ているように思いました。


また正直、子どものころはアニメというのは子供を対象にした動く紙芝居的なもの、という印象が強かったのですが、ここ数年スタジオジブリの作品を見て内容も深く映像表現もすごい地平に達しているという思いもあって、でもジブリのようなある意味優等生的な内容ではなく、人類滅亡の危機に立ちあがった少年たち、というような大衆娯楽的な表現でもものすごい映像表現が実行されているということに感動し、それを支えるチームの凄さをBDやDVDの付録のインタビューなどで読んでいた下地があって、今回の監督の対談でその実態がすごくリアルに感じられたということがありました。


そして監督がいかに大きな絵を、つまりストーリー構造をきちんと持っているかということがとても大事なことだとこの対談を読んで感じたわけです。


まだ対談は続きますが、先ずそのことを書いておきたいと思います!