SARU 上 (IKKI COMIX)/小学館
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五十嵐大介さんの『SARU』上下(小学館IKKIコミックス、2010)を読みました!


最初は少しとりとめのない印象だったのですが、イレーヌという少女に憑依した「もの」に対するエクソズム(除霊)の場面から急に面白くなりました。


この人のマンガというのは、急に面白くなる瞬間というのがあるんですね。それまでは何を言いたいのかとりとめがなくてつかめずにいるのですが、一度面白くなったらずっとわくわくが続くのです。次々に起こる奇怪な事件。そしてその背景に見えてくる一つの存在。


この物語の表現上の成功は、「猿」が取り付いたのがイレーヌというフランス人の少女だったことじゃないかな、と思いました。そして最後に明かされる、もう一人の「猿」がブータン僧だったこと。


天上界での魔と神の争いが地上で永遠に繰り広げられる中で、まったく場違いの少女奈々が現れ、事態を大きく動かしていくという発想、が啓発されるものがありました。


天上界での永遠の闘争の反復という思想は仏教でもキリスト教でもあるわけですが、その輪廻転生の輪に加わることこそがひとつの生きがいだという考え方とその輪を終わらせることが一つの物語だという発想とは、読んだことは以前からありましたが、そこに一つの新しいアイテムとして場違いな普通の少女が加わるという図式は、ここまであからさまなものは読んだことがなかった気がします。


「好きになった人が人間じゃなかったなんてシャレにもなんないもんね・・・」これはやはり「普通の女の子」へのメッセージなんだと思います。何も変えられない、世界に偶然現れた自分にできることなんかない、と思ってしまう普通の女の子に、そんなことはないんだよ、君の存在が世界を変えることだってあるんだ、という力強いメッセージ。


場違いであることに意味がある。そういう考えだってある、ということ。自分の存在そのものが世界を変える「兆し」かもしれないということ。日々をていねいに生きること。


そんな希望と兆しを提示した、作者の愛が感じられました。