重版出来! 3 (ビッグコミックス)/小学館

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松田奈緒子さんの『重版出来!』第3巻を読みました!

第1巻では編集者や営業など、漫画の出版に携わる人たちを描写し、第2巻では個性豊かな連載マンガ家たちを描いていたわけですが、この3巻では新人作家たちに焦点を当てています。持ち込みから新人賞応募、デビュー、初単行本化と三人の新人作家を中心に話が展開して行きます。

先輩編集者・五百旗頭が担当した大塚シュートはサッカーマンガを描いていますが、この人は初めて漫画を描いて初めて持ち込みをしたのに一度の直しで新人賞に出してもらえたのだからもともとすごい力を持った人で、この人はさっとデビューし、1年も経たないうちに単行本になり、書店員の意見も聞いてデザイナーが表紙を作り…と順調に伸びて行きます。

主人公・黒沢心が最初に相手をしたのはなんと78歳の漫画家志望で、「のらくろ」のような作風。さすがに商業誌デビューは無理だと判断してほかの出版社を紹介したものの、その出版社で発行された作品が大当たり。形に囚われて本質を見逃していたと落ち込みます。

読んでて可笑しかったのは、この78歳のマンガ家が描いたという設定の4コマ漫画が特典ペーパーとして入っていたことで、これはかなり笑いました。こういうのって『ストップ!!ひばりくん』で江口寿史さんがやってたおまけマンガに似てるなあとなんだか懐かしかったです。

ついでに書いておくと、巻末のおまけマンガによると松田奈緒子さんの投稿時代は、さくらももこさんや矢沢あいさんが投稿していたそうで、そう考えるとかなり遅咲きのマンガ家さんなんだなと思いました。デビューまでにいろいろ苦労なさったそうで、それだけにこういう題材はくるものがあって、泣きながら描いていたそうです。苦労が実ってこんな面白い作品を読ませていただいて、よかったなあと思います。

心が担当になった二人の新人作家のうち、東江絹(あがりえきぬ)と言う女の子はBLだけれども才気を感じさせるファッショナブルな絵を描くのですが、ネームの段階で堂々巡りになり、いつまでも前に進めなくなります。そのすきに先輩編集者の安井が絵の達者さに目を付け、原作付きの企画を提案して東江を心から横取りします。新人作家潰しの『潰しの安井』と言う異名を知った心は、東江が安井を選んだと知って落ち込みますが、残念だけど頑張って、と励まします。この話が、昨日読んだ19話につながって行きます。

もう一人の中田伯という新人は、下手な上にも下手な絵なのに、原稿から不穏さが溢れ出し、心はぞくぞくするほど魅かれて行くものを感じます。

私はこの中田と言う新人の話を読んでいて、これは『進撃の巨人』の作者、諫山創さんがモデルなのではないかと思いました。そう思って読んでいると、何か泣けてくるものがあります。五百旗頭はこの絵を見て、「絵は素人だけどマンガの見せ方を知っている」と評します。またベテラン作家の御蔵山は「溢れ出るイメージに画力が追いついていない」と評します。

中田はアシスタントの体験に言った御蔵山のアトリエでも「スクリーントーンの張り方も知らない」、「ペン先はGペンしか知らない」素人ぶりに呆れられますが、アシスタントたちに「ネームで悩んだことない、頭の中に流れる映像を描いているだけ」と言い切ります。

デビューした中田は雑誌に掲載された自分の作品を見て、「自分は絵が個性的なのではなく、下手なんだ」と言うことに初めて気づき、御蔵山のアシスタントに入りながらも、暇さえあれば自分の作品を描きます。その様子は、御蔵山の古参のアシスタントたちにも刺激になっているようです。

それぞれの個性のあるマンガ家たちの描写も素敵なのですが、何度も思い返しているうちに、一番印象に上ってくるのは安井に東江の担当を奪われた心が、気を取り直して東江にメールする前の場面、自分がけがをしてリハビリ中に友達がどんどん勝ち上がって行ったとき、コーチに「今出来ることを全力でやれ、今が大事、いつだって。今が一番大事なんだぞ」と言われた言葉を思い出し、「今の自分に出来ることをしよう、それ以外に前に進む道はないんだ」と思う場面です。

やはり元々文芸マンガを描かれていたからか、こういう仕事に対する考え方、心構えの表現のようなところが、そこらへんの自己啓発本に比べてずっと説得力があり、こうしなければだめだなとかこういう姿勢で臨むべきだなとか心の底から思えるところがこの人の才能なのではないかなと思いました。

この第3巻、ご本人もかなり思い入れがあったようですが、私も読んでいて本当に面白かったです。