旅する缶コーヒー + (マンサンコミックス)/実業之日本社

¥680
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スタジアムジャンパーを来た髪の長い女性が目に涙を浮かべて缶コーヒーを飲む印象的な表紙。背景には、アメリカのハイウェイのロードサイドと思われる風景が描かれています。そこにどんな物語があるのだろう、と思って手に取ってみました。

作者のマキヒロチさんは、書店の店頭でよく見かける『いつかティファニーで朝食を』の作者。私はこの作品は読んでいないので、マキさんの作品を読むこと自体初めてです。

この作品集は、『旅する缶コーヒー』と題された短編連作11本に、前後編の『間違い電話』と言う作品をプラスして収録されている。どの作品も、短くて、少し切なくて、少し暖かくて、ちょっと怠惰だったり未熟だったり向上心をなくしていたりする主人公の、缶コーヒーのおかげでモノの見方がちょっと変わる、そんな話です。

マキヒロチさんの特徴は、かっこわるさを描くことかなと思います。言葉を変えて言えば、「等身大の人間」というか。グラビアアイドルなのに太ってしまったり、親友を疑ってしまったり、進歩が止まったまま惰性で仕事を続けていたりする、このままでいいとは思ってないけどだからといってどうしたらいいか分からない、と言う状態。それを絵にするのが上手だと思います。少女マンガ的な線だし描写なのだけど、制服のスカートの下にジャージをはいてる女子高生とか、リュックを背負って紙袋を両手に下げている何ともいえないダサさとか。缶コーヒーを取り出そうとしたら取り出し口に誰かがおしっこをしてあっててがベチョッとなったとか、おいおいと思うようなでも本当にありそうな、等身大というか「等身大ちょっと下」みたいな描写が上手いなと思うのです。

人間のしでかすかっこいいだけでないいろいろなことに、作家のシビアな目が光っていて、それが刻印されてしまうから、決して甘いだけのストーリーにならないところが才能なんでしょう。

妻が元気なときには変えるとも帰らないとも家に電話もしなかった男が、妻が癌を宣告されてから帰るときにマメに電話するようになり、妻が死んだ後も留守電に向かって話しかけている、と言う話に、不倫関係の行き詰まりを感じている女性の心を重ねて二つの立場から描いた『間違い電話』が、コンパクトによくまとまっていると思いました。

新しい世界がどんどん開けていく、と言うようなストーリーではないですが、平凡に生きている人間の、ある人生のターニングポイントを描いた、ある種の祝福に満ちた作品だと思いました。

そういう意味では、ちょっと大人向けの作品かもしれませんね。