人魚のうたがきこえる (こどもプレス)/イースト・プレス

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五十嵐大介さんは、先ごろ橋本愛さんの主演で『リトル・フォレスト』が映画化されることが一部で話題になりました(私もエントリを書きました)。

五十嵐さんの作品をご存知の方にはうなずいていただけると思いますが、マンガ家というよりその書き込みのセンス、またカラーページも色のセンスがすごい絵描きさんという感じのマンガ家さんです。五十嵐さんの作品は、どれも絵の魅力が現れているのですが、その中でも最も長編の作品に『海獣の子供』があります。

この『人魚のうたがきこえる』は、その『海獣の子供』で描かれた海の世界を、(五十嵐さんらしい斬新なフォルムの)人魚の目から見た視点で描いた絵本です。

ぱあっと目の前に広がる『海獣の子供』と同じ色彩の海の中の世界。絵の世界は、珊瑚礁のラグーン(礁湖)を描いているのですが、テレビで見る色彩豊かな珊瑚礁というよりは、「水の色の青」がとても強調されていて、それがとても海らしく感じられます。人魚は上半身が少女で下半身がエイという不思議な姿。でも爪は猫のように鋭く、目も表情も猫のようです。群れになってラグーンの中を泳ぎ、獲物を捕まえたり遊んだり眠ったり。獲物をむさぼる姿は残酷といえば残酷ですが、それは生き物の自然の姿を描こうとしているように思えました。

そしてある日、人魚たちは「ラグーンの外」へ出てみます。そこは深い青色の、新しい広い海の世界。でもそこには大きな危険が、凶暴な海の獣が待ち構えていたのです・・・

ラグーンの中は楽園で、守られていて、天敵もいません。でも、それは退屈なのかもしれません。だから、広い海に出てみる。そこは危険だ。でも、それがわかっていながら外に出て行く人魚もいるのです。

そう、この絵本のテーマは、『進撃の巨人』と同じなのです。

おそらく、このテーマは今までに何度も語られてきているのですが、それでもまだ何度も語られていくに違いありません。それだけ、人間には自由への渇望があり、壁の中にいるという息が詰まるような閉塞感が、常につきまとっているのだろうと思います。

ラグーンは楽園に見えるけれども、そのラグーンにじっとしていることができないという『業』を生き物は持っている。それは生きるということ自体が、「危険を冒すこと」であるからなのでしょう。ひょっとしたら、アダムとイブも、むしろ望んで楽園を追放されたのかもしれません。

そして楽園を追放されたその罪とは、その自由への渇望そのもので、追放こそが罰であるわけですが、『かぐや姫の物語』でかぐや姫が月の世界から望んで地上に追放されたように、永遠の生を約束された楽園から死を避けることができない地上に追放されるという罰を受けることこそが、人間の本来のかくれた望みなのかもしれない、と思いました。

考えてみると、これに通じる話は世界の文学にいくらでもあることに気がつきます。このテーマは、文学全体の一つの大きな深いテーマの一つなんだなと再認識させられました。