紅蓮の弓矢/ポニーキャニオン
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『紅蓮の弓矢』は言うまでもなく、『進撃の巨人』アニメの前期オープニングの主題歌です。歌っているのはLinked HorizonのRevoさん。大晦日の紅白歌合戦で歌っていたのも記憶に新しいですね。Revoさんはもちろん紅白初出場。それももちろん、『紅蓮の弓矢』の大ヒットがあってこそのことでしょう。


それにしてもなぜ、『紅蓮の弓矢』はこんなにヒットしたのでしょうか。


もちろん、アニメ『進撃の巨人』自体が大ヒットしたということはあります。でも、この『紅蓮の弓矢』自体がアニメ『進撃の巨人』がヒットしたひとつの重要な要素であるとも思うんですね。もともと『進撃の巨人』は大ヒットマンガですから、そういう作品をアニメ化するときには期待と不安が入り混じり、公開されてからも賛否両論になるのが普通です。私も実はあまり期待していなくて、第1話は見ませんでした。ニコニコ動画で公開されていた第1話を見て後悔し、2話以降は必ず生か録画で見るようになりましたが。2ちゃんねるなどやまとめサイトを読んでいても、もちろん両者の意見がありました。でも最終的には、圧倒的に「良かった」という意見の方が多かったと思います。


『紅蓮の弓矢』自体も最初は賛否が分かれていたように思います。オープニングアニメーションもかなり斬新で、最初は戸惑った人も多かったように思います。でもこれも時を追うごとに視聴者も慣れて行き、「イェーガー!」の弾幕や掛け声がブームになったこともあって、圧倒的に受け入れられて行きました。


『紅蓮の弓矢』を口ずさんでいると、この歌にはいろいろと工夫があることに気がつきます。まず最初の「踏まれた花の 名前も知らずに」というところ、最初に休符があって一拍目の頭から入っていないところが大きな特徴ですね。これも以前ニコニコ動画で「そこがカッコイイ!」という指摘があって、そうそう、そうなんだよ、と思ったことがありました。


そしてそれ以上に、歌詞自体がすごくいいですね。


「踏まれた花の名前も知らずに 地に落ちた鳥は風を待ちわびる」という描写。これは物語的にいえば「踏みにじられた人類」を表現しているわけですが、一般的な打ちひしがれた者の表現であると同時にその歌詞自体のポエジー(詩情)もあります。そして次に「祈ったところで何も変わらない 今を変えるのは戦う覚悟だ」とこのストーリー自体のテーマが語られます。


そのあと、難しい言葉が続くんですね。


「屍踏み越えて進む意志を嗤う豚よ 家畜の安寧 虚偽の繁栄 死せる餓狼の自由を!」これはアニメのオープニングでは歌詞が表示されていましたね。この文字は『新世紀エヴァンゲリオン』を思い出させましたが、分かりにくい言葉を正確に伝えるとともに、その漢字の持つイメージが視覚的に強烈に入って来て、難しいがゆえの非常なインパクトがありました。


そのことが二次創作者のみなさんの創造心を強くくすぐったのだと思います。ニコニコ動画ではこのオープニングは実に数多くのMAD が作られたのですが、みなこの漢字を表示する部分に工夫が凝らされているのが感じられました。私もそれが面白くて、次々にMADを見ました。


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そのあとも難しい言葉が続きます。「囚われた屈辱は反撃の嚆矢だ 城壁のその彼方獲物を屠るイェーガー! 迸(ほとばし)る衝動にその身を焼きながら 黄昏に緋を穿つ紅蓮の弓矢」


この歌詞では「イェーガー!」の部分が注目され、カラオケでもここをみんなで叫ぶ、という文化が生まれたのは作曲者のRevoさんも予想外だったと『リスアニ!』のインタビューで答えていましたが、確かに「イェーガー!」と一音降りるところは「全力で刃(やいば)を振り下ろす」イメージがあり、とても盛り上がります。


イェーガーというのはまずは主人公エレン・イェーガ―の名前なのですが、ドイツ語では狩人という意味であり、この歌詞ではその両者がかけてあることがわかります。ニコニコ動画でもこの場面になると「∠(゚Д゚)/イェェェェガァァァー!!!!」という書きこみが弾幕になっていて、見ているだけで盛り上がります。(笑)


なぜ難しい漢字が使われているかというと、この短い歌詞自体に「絶望→決意→批判→自由への希求→反撃→未来へ」というストーリーの流れがすべて表現されていることを考えると、そこに深い意味があることに気がつきます。


昨日読んでいたウェブの記事にReal Soundというサイトの「高速化するJ-POPをどう受け止めるか」 という対談がありました。最近の曲は異様にテンポが速くなっている、という話です。BPM(Beats per minute、つまり1分間に四分音符がいくつ並ぶか、簡単にいえばメトロノームの早さ)が最近の曲は170を超えるものが珍しくない、ということなのですが、確かにこの『紅蓮の弓矢』も180なのです。ちなみにYuiさんの「again」は140です。


その対談によると、今のリスナーは2分以上聞いてくれないので、短い時間に情報を詰め込まないとすぐ飽きられてしまうので、高速にしてあれもこれもと詰め込んでいるのだそうです。そしてそういう意味でものすごく速い曲が作られているうちに、「その速さがカッコイイ」と思う人が増えてきて、ますますそういう曲がつくられるようになったというのです。


それは私自身も体感的に理解できる出来るなあと思いました。


私も『紅蓮の弓矢』をはじめて聞いたときにはあまりにも速くてかなり戸惑ったのですが、これに慣れて来ると非常にかっこよく感じるようになって来ました。今ではBPMが130くらいだと遅く感じてしまうから怖いものです。(笑)


アニメでは声量のある歌手がアニソンを歌っていることが多くて、紅白歌合戦でもRevoさんの次に歌った水樹奈々さんもすごい声量でしたが、『進撃の巨人』の場合はそれに逆行して物語性のある「詰め込んだ」曲にしたところが、J-POPみたい、アニソンぽくなくてかっこいい、ということになったのだと思います。


つまり、この曲の魅力は短い時間に大量の情報が詰め込まれているというところにあるということになるわけです。


つまり、漢字や難しい熟語を多用するというのも同じ意味があるわけですね。「短い時間に情報を詰め込む」ことによって「効率的にストーリーを表現できるようにする」ということなのです。


日本でツイッターが爆発的にはやったのは、英語に比べて何倍もの情報が140字に詰め込めるからだそうです。『紅蓮の弓矢』も、ひらがな言葉よりも難しい熟語を使うことで、そういう日本語の特性を書き言葉まで駆使して、凝縮度を極限まで高めているのですね。そして漢字を画面に表記することでその字面に新たな(まあ中二病的ではありますが)かっこよさを再び見出すことが出来ました。


これはBPMを上げるということによって起こる圧縮感、そしてそれがもたらした新たなるかっこよさと共通したものがあるということだと思います。


つまり、『紅蓮の弓矢』がなぜヒットしたかと言えば、その「情報が詰め込まれた」圧縮感のかっこよさが、音的要素だけでなく言葉的・文字的要素まで含まれ、短時間でストーリーがすべて語られる快感と、「イェーガー!」という作者も期待していなかった偶然の視聴者参加型の盛り上がりの要素にまで恵まれたこと、だと言えると思います。


もちろん、言うまでもないことですが『進撃の巨人』アニメ全体がものすごく力の入った作品で、爆発的に新しいファンを獲得したことも当然非常に大きな要素です。アニソンはアニソンだけで独立した存在ではないので、それが当然すごく大きな要素なんですね。Revoさんの曲作りが、そういうアニソンの性格に非常にマッチしていたことも大きかったと思います。後期OPの「自由の翼」もとてもよかったですからね。


これからもこのような「音楽で物語世界を表現する」という方法で、さらに多くの作品がつくられて行くだろうと思います。 まず第一に、『進撃の巨人』アニメの第二期――まだ制作さえ発表されていませんが――があったときに、そのオープニング・エンディングがどうなるか、ということが楽しみでならないです。