最近は物を買ったり飲食店に入るまえに、前もってレビューなり口コミなりという客の評価が読めるわね。そんなお話し。
ずっと気になっていた天丼の専門店、今日は入ってみよう。でもその前にレビュー読んでみよ。
「店内は小汚ないかんじで、知らずにデートで入ると雰囲気ぶち壊します。」
「おじさんがひとりで切り盛りしてるから、天ぷら揚げすぎてるかも。」
「海老天は大きいのがどーん、ではなくて小さな海老が4尾。想像してたのとちがう。」
「気弱そうな店主の雰囲気がそのまま味に出ている。」
どれもこれも高評価とは言いがたいレビューが並んでいたわ。望むところよ。入ってみよう。
厨房を囲むようにカウンター席が15席ほど。
私はそのなかでいちばんトイレに近い席を選んだわ。別段意味はないわ。
『海老と穴子の天丼ください。』
私はそうオーダーしたの。
レビューは間違いないのよ。レビューは正しかった。人間は匿名という仮面を被ると本当に正直なことを書くのだと痛感した次第よ。
天丼は可もなく不可もなく。美味しいとも不味いとも思えない天丼ってある意味すごいとおもう。
極論、食べたのか食べてないのかわからない、そういう夢の中にいるような、ファンタジーの世界にいるような、私をあやふやな気持ちにさせる、そんな天丼だった。
そんな天丼屋さん、厨房で仕事をする大将の後ろに掛けてあるホワイトボードにいろんな言葉が書き留めてあったわ。
その中のひとつの言葉がとても気になった。
「引き潮というのはいつか満ち潮になるときが来るということ。今は静かにその時を待て。」
そういうニュアンスだったわ。
『この言葉は?』大将に聞いてみた
『ああ、それおみくじに書いてあった。』
店構えや大将の雰囲気。おみくじを忘れないように書き留めておく、そのかんじ。
この人はどんな人生を歩んで、今ここで天ぷらを作っているのかと考えたら、切なくて涙が出そうになったわ。
