幼稚園生活に慣れると

オトモダチなんて要らない

と思っていたくせに

声をかけてくれたり誘ってくれる子を

好きになっていった

 

そしてその声をかけてくれる

たったひとりのお友達に限定した付き合いとなっていく

 

クラスの中に友人はいても

その限定者に対しては

 

この人だけ違う

という認識があったのだ

親友、という意識だったのかな

 

限定親友と付き合うというかたちは

その時から小6まで

クラス替えがあるごとに面子を変えながら

ずっと続くことになる

 

みきちゃん

なおこ

みおちゃん

じゅんこちゃん

ゆみこちゃん

 

思い返すと

一人っ子か末っ子で

自信に満ち溢れていて

気が強くて支配的な子ばかり笑

ちなみに私は弟二人のいる長女

 

じつは今でも

女の子と接することに若干の緊張感がある

 

特に

女兄弟で育った子や一人っ子は

未知の生き物なのだ

 

そして自信たっぷりの人に対して委縮するのは

今も変わらない

 

ではどうしてそういった子たちに声をかけられたのかといえば

たぶんわたし

強く誘えば嫌とは言わないし

いいよ、いいよ、となんでも容認するので

なんとなく選ばれたのだなあとわかる笑

 

それでもわたしは

その子たちと過ごした時間は

楽しいと思っていたんだろうと思う

嫌な記憶はないから

 

そして高学年になると

いつも一人でいる

ちょっと嫌われている子を可哀想に思って

私から声をかけたこともある

 

決してやさしい子だったアピールではない

今思えばHSPあるあるで

しなくていい荷物を背負うパターン

 

この行動を切り取ると

まったく自分の意思がない証のようだ

 

この子が好きで選んだのかと聞かれると

考え込んでしまう

楽しい思い出はない

 

その子のある言動を目の当たりにして

(ああ、だからこの子嫌われちゃうんだな)

と感じたことだけ覚えている

 

 

友達ってなんだろう

いまだによくわからない