12月3日(日)青空の中、高沼用水ウオーキングが開催されました。

今年は高沼用水西縁を南下し用水東縁・西縁の合流地点に行き、東縁を

北上し河童の森に戻るコースでした。

2グループに分かれて行いました。

河童の森も紅葉していましたが、猛暑とその後も暖かったせいか

少しくすんだ感じの色ですね。

これは河童の森だけではなく全国的に同じようです。

河童の森を出て高沼用水縁を進みます。

雲一つ見えない晴天です。

用水縁を進み階段を上がると河童の森の全体が見えます。

ここを進み右折して新幹線沿いを進むと河童の森延伸部です。

ここは赤がきれいですね。

新六間道路を斜めに入り富士見坂を進んでいくと富士山が

見えるはずですがこの日は暖かくかすんでいてはっきり見えません。

冷え込んだ冬の朝はこんなふうにくっきりはっきり富士山が見えます

(2021年高沼用水ウオーキング時に撮影したもの

富士見坂から西堀氷川神社に向かいます。

に西堀氷川神社は、西堀の鎮守として応永年間に武蔵一宮の

氷川神社を歓請して創建したと言われます。

神社からしばらく行くと内木酒造にでます。

1774年(安永4年)創業のさいたま市最古の酒蔵だそうです。

建築物としても歴史的評価がなされ2004年にはさいたま百景にも

選出されています。

2017年には店舗兼主屋および離れが国の登録有形文化財となっています。

現在は、自社での酒造りは終了しており委託製造での日本酒販売・取扱いに

なっているそうです。

その後鴻沼資料館に進みます。

鴻沼一帯は低湿地だったため、上流から流入する水や、台風などの出水等で、

たびたび稲作に被害を受けてきました。

そこで、昭和31年(1956)近隣の人々が集まって鴻沼排水関係二ヶ土地改良区連合(以下組合)を結成し、

排水路の改修や、下流部の田島地内に鴻沼排水機場の設置を行いました。
組合は、この地域の開発の歴史を後世に残すため、

地域住民から寄贈された農具等の民俗資料の展示を中心として、この資料館を設置しました。

平成4年に組合は事業完遂により解散しましたが、

資料館は、その後を受けた清算法人鴻沼排水関係二ヶ土地改良区連合から浦和市に寄贈され、

平成7年7月からは、浦和市立郷土博物館(現・さいたま市立浦和博物館)の分館として公開されてきました。
平成13年5月、さいたま市の誕生とともに、浦和くらしの博物館民家園の分館となり、平成23年4月からは、さいたま市立博物館の分館として現在に至っています。(さいたま市HP参照)

皆さんかって使われた農機具など興味深く見ています。

 

 

資料館を出てからの予定では鴻沼川沿いに歩く予定でしたが、

先発グループは遊歩道を進みます。

ここはかつて、鴻沼川が流れていたところだそうで、田島氷川神社の前から

流れてきていたようです。

神社前の鯉がいる池にその名残りを感じることができます。

田島氷川神社では毎年3回、「田島の獅子舞」と呼ばれる獅子舞が奉納され

さいたま市の指定無形文化財となっています。

 

続く