去年のちょうど今頃、
息子は通っていた特別支援学校の先生からお願いされて、卒業生を送る会の入退場のためにピアノを弾いた。
GReeeeNの『遥か』という曲だった。
急すぎて練習する時間もなく、それでも先輩方への感謝の気持ちを込めて一生懸命練習して、先輩方の卒業に花を添えさせていただいた。
音楽の先生も、その時には認めてくださって一緒に練習してくださったり。
やっと学校といい関係を築けるのかなと、期待もした。
最高学年になった3年生の4月から、息子は学校に通っていない。
学校の先生から受けた不適切な指導で不登校になった。
なぜ、担任は自分を守るために息子を盾にして嘘をついたのだろう。
なぜ、管理職は学校を守るために全てを隠蔽したんだろう。
「学校が息子さんにしたことは、
『指導教諭による不適切対応』であって、
『不適切指導』ではないから、学校は責任を取らない。」
言葉遊びで全てを決着させられてしまった。
冤罪で「人のものを取っただろう」と謝罪を強要されたけれど、、、。
「泥棒」という言葉を使った証拠がないから、学校は「セーフ」。
それが、学校が息子に出した最終結論だった。
子供をボロボロにしても、組織を守るのが教師だと、、、何度も思い知らされた。
名誉の回復もなされないままに、息子は他の子から泥棒だと思われたまま。
卒業を迎える。
あれから、息子は家で一人で色々頑張った。
資格を取得し、単位を取得し、ピアノ演奏では頑張って人前に立ち。
家のお手伝いをしたり、療育で仕事を少しずつ学ばせてもらったり。
義務教育期間に失った学業も少しずつ取り戻した。
医師や療育、いろんな人に支えてもらいながら、
就労移行支援施設ともつながることができた。
今、暖かく迎えてくださっている。
でも、息子はまだ心の傷が癒えていない。
学校の指導で受けたPTSDで、裏切られることを怖がるようになってしまった。
支援してくださる方を、信じたい気持ちと。
自分のようなものは、嫌われて追い出されても仕方がないからと。
いつでも区切りをつけて逃げ出せるように心を閉ざそうとしている気持ちと。
不安で、不安で、今も毎日PTSDと戦いながら家を出ていく。
あの後、家では落ち着いていたけれど。。。
残念ながら外での活動が増えるにしたがって不安から、
顔面チックと、独り言が増える音声チックが外出先で出るようになってしまった。
(眉間の皺と、共感覚刺激による独り言など・・・)
長らくお世話になっている療育施設に出かける時には、心から安心しているからチックが出ない。
脅かされない、人間として扱ってもらえると理解できれば収まってくるはずだと信じているけれど、、、
就労移行支援の方々は本当に親切で信念もあり信じても大丈夫なのに。
学校の先生から受けた仕打ちが忘れられない息子がいる。
息子が何もわからない障害者だから、何も感じないと思ってされたことだけれど。
どうせ何もわからないと、息子の前で残酷なことして、残酷なことを散々言ったけれど。
「傷つく心を持っているなんて、思いませんでした。」と先生は言ったけれど。
そういうのは、障害があっても、仮に言葉が理解できなくても。
子供は、理解できるんだよ。伝わってしまうんだよ。
忘れようと思っても、忘れられずにもがき苦しみながら歩く息子を見守るのが辛い。
傷ついたって 笑い飛ばして 傷つけるより全然いいね
信じることは 簡単なこと 疑うよりも 気持ちがいいね
(GReeeeN『遥か』より)
残念ながら満身創痍の息子に、私は今それを告げられる強い母親じゃない。
12年間所属した「学校」という組織。
息子は学校の誰からも祝福されることなく、その門をそっと出ていく。
それでも、支えてくれる人がいるだけ息子は幸せなのだろうと思う。
見放されて居場所を失った息子に、手を差し伸べてくれた方々のところに・・・
笑顔でお礼を言おう。
遥か遠い、、、いつの日にか、、、、この心の傷が癒える日まで、、、