夫はどうも「自分が人生の落伍者だ。」という思いを持っている感じがする。

私から見れば全くそのようなこともない。

彼は理想が高すぎるのかもしれない。

そして、輝かしかった過去とのせめぎあいをしているように思う。(私はその頃は知らない。)

だが、夫婦といえども違う人間だ。

私は過去の話をよくブログで書くが、「楽しかったナー。」とか「こんなこともあったよナー。」と、もうそれは走馬灯のように・・・的な感じなのである。(あるトラウマだけはまだ消化できていないので、「困ったナー。」と思っている。原因ははっきりしていて、私が自意識過剰だからだ。だが、いつも言うように感じてしまうことに正解も間違いもない。)

別におもしろおかしすぎた過去に戻りたいわけではない。

今、それをやると心身ともにハードすぎるのだ。

昔でいえば元服もあり、女性は40も超えるとおばあちゃんだった。

それに比べると、なんと自分の幼さよ。

現代は「アラフォーなんかまだまだ若い!」的な煽りが強烈だ。

私にはちとそれはキツイ。

私はいろんな意味で、いろんなことを一般的な順序と逆できてしまった人生だったかもしれない。

もっと歩調がゆっくりしていたほうがよいことを、駆け足で過ごしてきてしまった。

たいていのことは驚かないし、あまり感動もしなかったりする。

だけど、人からみれば「そんなこと?」と思われるささやかなことに興味を持つこともたまにある。

そして、座って半畳、寝て一畳・・・雨露しのげる家があり、病気にならない程度に体温を調節できる衣服があり、親友が一人、二人いて、親が長生きしてくれて(こればかりは私の勝手な思いかもしれないが)猫がいて、退屈しない程度の本があればいいんじゃないかな?と、今でも思っている。

飯は飢えない程度でいいんだよ、本当はね・・・きっと。(マクロビをやっていた時、強くそれは感じた。)

これではあまりに寂しい人間ですか?

向上心ないですかね?(それって必要なのか?)

確かに「車はこうじゃないとね。」などと、他の事柄についてもおもしろおかしく書きましたが、実際「何も持っていないところから始まっているし」『永遠の小学5年生』の気持ちは変わらない。(食って遊んで寝ながら本ばかりを読んでいた。高校合格までは実は実は(!)なぜか勉強は出来たんだよね。父方のDNAかな?予習っていうのが一番効果あったな。ただそれだけ。今の子供の勉強は難しいらしいね???私は高校で『同じレベルの子ばかり集まった中で』落ちこぼれてしまった組~♪)

人間はもっとシンプルに生きられないものか?

生き辛い世の中だと思ってしまう。

だけど生き辛いようにしているのは、案外自分自身だったりするのかもね。

やはりこの年ともなると、いろんなことを運を天に任せるのがよいように思うのですが、考え方がおばあちゃんみたいですか?

だけど、私の倍は生きていらっしゃる方々からすれば、ひよっこがまだピーピー言っているみたいなものかもな。

頭をクリアにしよう。

人間は裸で生まれ、裸で死んでゆく。

人間はひとりで死んでゆく。

別に暗いことを書いたわけではなくて、頭がごちゃごちゃとしてくると、そう再確認したくなっただけ。

そして・・・

猫はいい。

食う、寝る、遊ぶ(少しばかり)。

実にシンプルだ。

加え、猫はじっと見ると目をそらすが、あれはにらみ合いをすると「喧嘩売ってるのかぁーーー!こらぁ~!」ということになっているらしく(猫社会では)あえて目をそらすことで「もめごとを避けたいニャー!」というとてもクールで大人な?生き物の姿であるそうだ。

キレイ好きでもあるしな。

自分の匂いとか消すやん。

家猫以外は死ぬ時も人に迷惑かけないように出て行くしね。

ああいう生き様が好ましい。