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【広告義勇軍】 クリエイティブディレクターN氏による『お笑い日本語革命』賛


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この本の著者・松本修さんは、大阪朝日放送の
お化け番組『探偵!ナイトスクープ』プロデューサー
として有名な、現代最高のテレビマンの1人である。
だが松本さんと私は面識がない。なぜ、ここに
本の感想を寄せることになったかというと、
この広告三国志ブログの編集者さんが、
私がナイトスクープ好きであることを
思い出したからだった。

そう、私は探偵ナイトスクープが大好きなのだ。
ほとんど愛していると言ってもいい。

私が感動したかつての小ネタ集の中の名作に、
「お姉ちゃんとおばちゃんの境目はどこですか?」
という小学生の疑問に、桂小枝探偵が取り組んだ
ものがあった。何と番組ではこれを解明するために、
20才から50才ぐらいまでの1才違いの女性を
ずらりと1列に公園に並べて、子供にお姉ちゃんか
おばちゃんかを分別させるという実験を行った。
「お姉ちゃん」と言われて喜ぶ女性、
「おばちゃん」と言われて怒るに怒れず苦笑する女性、
意外に年上でも「お姉ちゃん」と言われる女性が
存在する驚き。このビデオには探偵ナイトスクープの
エッセンスが詰まっていたと思う。

すなわち、

1:前代未聞の疑問をもつセンス
  (その疑問を良しとするセンス)
2:それを律儀に、真面目に、ある意味
  科学的に検証しようとするセンス。
3:その苦労にも関わらず、何の役にも立たない
  ナンセンス感。合理主義と対極にある豊かな文化性。
4:決してふざけていないのに、
  内側から滲みだしてくるおかしさ。

などだ。そしてそれらを包括しているのは、
根底にあるヒューマニズム、同時代を生きる
すべての人々への愛情と共感である。
この番組が多くの人に愛される理由は、
まさにその点にあると思う。

私はテレビCMの企画を仕事にしているが、
あまりに感動したので、このネタをお借りして
キンチョウサッサのCMを作ったことがある。
制作にあたっては番組にお願いをし、快く許可をいただいた。


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同じように20才から50才ぐらいまでの女性に並んでもらい、
全員にサッサでほこりをふいてもらう。それを見た子供が
「キンチョウサッサのお姉ちゃんか?
 それともキンチョウサッサのおばちゃんか?」
を判定するのである。何回もキンチョウサッサの
商品名が繰り返され、一種の連呼CMになっている。
ひとりの女性の前に子供が移動して次の判定を
待つ間のサスペンスは素晴らしかった。

このような番組が、そしてそれを生み出した
松本さんのような人が同時代に存在した幸せを感じる。
いまから1000年後、30世紀ぐらいになって、
西暦2000年頃の人類はどんな人たちだったのか?
と思った人がいたら、探偵ナイトスクープのビデオを
見せてあげればいい。自分たちの祖先がユーモアと
他者への愛情にあふれた、実に幸せな人々であったことを
知ることができるだろう。

なお、この番組制作の裏側については松本さんの著書
『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』に詳しい。
名著なので、こちらの本も是非どうぞ。

前置きが長くなったが、
さて『お笑い日本語革命』である。

例えば、いまの日本人なら関東・関西を問わず
「どんくさい」という言葉を知っているだろう。
人によってはそれが、いつのまにか広く使われるように
なった“新語”だという認識もあるだろう。
私もある。20代後半の頃、同年代のカワイイ女子が
(あ、女子もひょっとして新しい言葉ですね)クルマのキーを
なくした男に向かって「どんくさいなー!」と罵っているのを
聞いて「あ、こんな子も使うんや」と思った。しかも
重要なことに(その子がかわいかったので)それを
カッコいいと感じたのだった。おそらくそれ以来、
私も「新語・どんくさい」を使えるようになったのである。
だがそもそも、かつては日本人の日常に(少なくとも東京では)
存在しなかった「どんくさい」は、どうして
一般化したのだろうか。

実をいうとこの言葉は、
70年代から80年代にかけて
日本を席巻した関西発の恋愛バラエティ
『ラブアタック!』で使われたキーワードだった。


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「ほんまキミは、どんくさいわ~!」
「この中で一番どんくさいヤツ、1人が失格します」
「何ちゅうどんくさいことをしてるんや」

本来は関西の方言である「どんくさい」を
番組中で上岡龍太郎、横山ノックらが頻発する。
ある時、その番組担当ディレクターは、ふとした野望を企てる。
「この魅力的な言葉を日本全国で使える言葉にしてみせよう」
そこでディレクターは番組中でタレントが発する
「どんくさい」をわざと編集でカットせずに、
ぜんぶ使うことに決めた。その結果、
全国ネットの高視聴率番組ラブアタック!において、
毎週大量の「どんくさい」が日本中に流れることになった。

10年以上たって彼は、いつのまにかそれが
「現代用語の基礎知識」にも載り、立派な日本語に
なっていることを知る。その番組ディレクターこそ、
本書の著者である松本修さんだったのだ。
やがて宮崎駿アニメ「千と千尋の神隠し」においても、
「どんくさい」が主人公の少女の成長にかかわる
キーワードとして使われていることを発見し、
松本さんは密かな満足に浸る。

この経験から松本さんは、かつては
一般的でなかったのにいつのまにか多くの人々に
使われるようになった新しい日本語のうち、
その多くが「テレビのお笑い芸人たちによって
広められたのではないか」という結論に至った。
本書の中で「どんくさい」の他に
取り上げられた言葉は

「マジ」

「みたいな」

「キレる」

「おかん」

これらはもともとお笑い界の
芸人たちの間だけで使われていた楽屋言葉が、
テレビのバラエティ番組を通じて「流出」し、
一般人がマネるようになったものだ。
自分が「いいな」と思う人が使っている言葉を、
人は自分でも使ってみたくなるものらしい。
人気お笑い芸人の使う楽屋言葉は、
ファンたちによってそのように流布された。

これらの言葉を誰がどのように流行らせたか?は、
本書を読んでいただくことにして、ちょっとだけ
ヒントを言うと、「みたいな」をメジャーにした
お笑い芸人は、家人に聞いてみたらすぐ正解を答えた。
人気お見合いバラエティの司会をしていた
そのコンビは誰でしょう?

「マジ」の広がりには2回の波があった。
最初は、東京で全国区の深夜ラジオに出演して
人気者になった落語家。2回目は毎日テレビで
よくしゃべるあの人。さて、誰でしょう?

松本さんは真実を追求するために
芸人たちに実際に取材する。次々に会う。
江戸時代までさかのぼって、古い資料をひも解く。
手間を惜しまない。何かに似ている。そう、
これはまさに言葉のルーツをたどり、
アリバイを証明する探偵の仕事ではないか。

『お笑い日本語革命』は、
いわば松本さんが探偵ナイトスクープに、

「最近“マジ”とか”みたいな”という言葉を
 誰もが使うようになりましたが、昔はこんな言葉は
 なかったと思います。いったい誰がどんなふうに
 こういう新しい日本語を広めたのでしょうか?
 探偵さん、お願いします。」

という投稿ハガキを自ら送り、自らが探偵となって
謎の解明に当たった、その報告書なのだ。

いつか本書が、探偵ナイトスクープの
敏腕ディレクターたちによってビデオ化され、
それを西田敏行局長が見る日のことを想像する。
「みたいな」の回ではゲラゲラ笑いころげて手を叩き、
「キレる」の回では大いに納得し、「おかん」の回では
ポロポロ泣いてしまう。そんな様子が目に浮かぶ。

言葉とは、つくづく不思議だ。そして
言葉を知ることは人間を知ることだと
思わずにはいられない。

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  クリエイティブディレクター 中治信博


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次回は11月29日の更新予定です。
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