この大雪で、立ち往生の末に路上に乗り捨てられた車を何台か見かけました。

乗り捨てざるを得なかった運転手は気の毒だけど、乗り捨てられた車もまたあわれだなぁと他人事よろしくのんきに眺めていました。
ただひとつだけ、不気味な乗り捨て現場を目撃し、数日経った今も心のざわめきが止みません。

それは『車イスの乗り捨て』。

乗っていた人はどうなったのか?
雪で車イスの車輪が動かなくなり、仕方なく不自由な足で歩いてその場を離れた?
それはありえます。
でも。なぜ折り畳み式の杖まで捨てていったのか?

奇跡が起きた……ってことなんでしょうか?

僕がジャズや古典落語を好んで聞く理由の一つが「調理の妙」です。


ジャズも落語も、ある程度決まったフォーマットがあります。ジャズには楽譜があり、古典落語も一応話の骨子はあります。


それを演者が自己流にアレンジしたり、あるいは直球勝負したり。演者によって好き嫌いはあるものの、それぞれの味をテイスティングする喜びは何とも言えません。


なんでこんな話をしたかと言うと、今約20店舗掲載したリクルートパンフレットを制作中なんです。

紙幅の関係でサイズや文章量、内容のラインはある程度決まっています。


あとはそれぞれのサロンがそこにどんな情報をぶち込んでくるか?


このパンフを作る作業が楽しいんです。まるでジャズや落語の様で。

決まったフォーマットで、いかに自店をアピールするか?


どのサロンも、否が応にも個性が溢れ出ます。カラーが出ます。

巷に溢れるクーポン誌やフリーペーパーに載っているサロン記事はどれも極端に似ているか、ほとんど同じに見えます。


でも同じサロンは一つとしてない。この矛盾に“本気で気付く”ことがファン集めの第一歩かもしれません。

【続く】



また、銭湯へ行ってきました。

晴れた休日。高い窓から斜めにさす陽が、真珠色の湯けむりにとろける風情は何とも言えません。


今現在、「家に風呂がないからしかたなく銭湯を利用する人」ってどのくらいいるんでしょう?僕の見た限り、お客さんのほとんどは年輩だけど、彼らの背中が「この風情、分かるか?贅沢だろ?小坊主」と語っているようで何ともいえません。彼らはただ銭湯が好きで、これからもずっと利用する・・・って勝手に思いました。


来ている人は70~80%が「生涯客」なんじゃないんでしょうか?つまり「一生涯、ここと決めた客」ばかり。何が無くとも、ここだけあれば幸せっていうお客さんだけに囲まれているのが、今なお残る銭湯の、他業種に誇れる美点だと思います。


理美容室と似てませんか?


僕たち消費者は「一生ここがいい!」と本気で言える店を身近で一つ見つけられれば、それ充分で幸せな様な気がします。少なくとも「そこそこの店」をたくさん知っているより幸せです。

つまり、「数」より「質」。


とかく集客というと「数」ばかりに目が行きます。これで何人来た!とか、あれで何人集まった!とか。

何よりも「質」を追い求める理美容室が、こと集客の話になると集める客の「質」に無頓着になるのは、もったいない気がします。


カポ~ン。

S急便とのやり取りから問題です。以下のやり取りを読み、問いに答えましょう。


①土曜日(昨日)到着予定の宅急便が夕方になっても届かない。

②センターに電話で確認すると、配送ミスで今日中のお届けが難しいと言われる。

③翌日曜日、正午を過ぎても届かないので電話で確認する。

④ドライバーに確認するので、折り返し電話すると言われる。

⑤3時間経っても連絡がないので、再度電話する。

⑥夕方4時半までにはお届けすると言われる。

⑦午後5時半を過ぎても届かないので、再度電話する。

⑧ドライバーに確認するので、折り返し電話すると言われる。

⑨午後8時を過ぎても連絡がないので、再度電話する。

⑩オペレーターに「午後5時に伺ったが留守だった」と言われる。

⑪その時間は在宅しており、不在票も入っていない事を伝える。

⑫責任者の電話が長引いている為、終わり次第折り返しお電話すると言われる。

さて問題です。

完璧に相手にバカにされている事に気づくべきタイミングは①~⑫のうち、どれ?