たとえば
身体的に何の問題も無くこの世に生をうけたA
と
生まれつき腕が無いまま産まれたB
この二人は、平等だといえるのだろうか
その後の人生や価値観はそれぞれが作り上げていくもので、
Bは片腕が無いとゆう事実を乗り越えるかもしれない。
ただ、物理的には不平等だ。
世の中には身体的にのみならず状況的にももっと数奇な運命お下に生まれてくる命もある。
迫害を受ける者
不治の病を持つ者
身寄りのない者
短命な者
様々だ
その不平等の理由は何だろう
その命を生きることに何の意味があるのだろう
そんなことを考えているときに、輪廻とゆう考え方に出会った。
人間は死んでは生まれ変わり、生まれ変わるときに前世の業(前世でしたこと)を背負って産まれてくる。
前世で人の目を見えなくしてしまったのなら、現世ではその業を背負い、盲目で産まれる。
現世一つを見れば、不平等に見えるが、いくつもの生の中で見れば、不平等ではない。
その業を背負い、なんども輪廻転生していく中で、その魂をより高等なものにしてゆく。
一見答えが出たと思えた。
しかしそこには、不変的な正義があることになるのではないか、とゆう疑問が残る。
それについてはまだ答えが出ていない。