先日のブログで、マッチ売りの少女は街娼の真似事をしていたような説を唱えた。

投稿してから、少し気になったので、調べてみた。

この説は私が唱えるよりも前に、一時、ネットでは噂話として広がっていたのを知った。

ただ、どうも違うのはマッチ売りの少女自身が身を売っていた話だということだ。

私にはまだ女として体ができあがっていない幼女がそんなことを進んでするとは思えない。私が唱えるのは、少女の亡くなった母が恐らく身体を売って身を立てていたのではないかということである。戦争かあるいは病気かで夫を亡くした少女の母は生計を立てるために、やむなく街娼をやっていた。その母である少女の祖母はそのことを知っていて、否、それどころか、娘のために男を手引きしていた。だが、そんなことをしていては、どうにか生計を立てることはできたとしても、身体はボロボロになってしまう。性病でも患って果てたのではないか。少女の祖母は自分のようなものでも買ってくれる男がいるのではないかと、少女を連れて街角に立つ。だが、老女を買う男などいない。その代わりに、男たちはマッチだけ買っていく。

その様子を見ていた少女は、祖母が亡くなった後、意味も分からずその真似事をして、マッチを売っていた。

だが、街行く男たちは、少女のいたいけな姿を目にしても、哀れに思うどころか、蔑み、遠ざけていく。

少女は見向きもされないことことに、たとえようもない悲しみと寂しさを覚え、暖をとるためにマッチを擦る。

このようないきさつではないかと考えるのである。

 

アンデルセンはこの物語を自分の母の幼少時代の逸話に重ねて書いたという。勿論、アンデルセンの母が街娼であった訳ではないが、マッチ売りのようなことしか糊口を凌ぐことはできなかったほど、貧しかったらしい。嫁いだ先、つまりアンデルセンの父は靴屋で多少、生活はましになったが、決して豊かではなかった。母は自分の身の上話を聞かせ、貧乏のつらさを息子に言い聞かせ、学問を身につけるように切々と語ったのだろう。

アンデルセンの母が果たしてマッチ売りをしていたのかは定かではない。そもそもマッチ売りで生計が立つのか、どう考えても無理がある。マッチ一箱は恐らく現在価値にして20円強というところだろう。デンマークでも貨幣単位が変わるだけで価値はさほど変わらないだろう。食ってしまいのギリギリの生活だとしても月8万円はかかってしまう。一日3千円以上は稼がなければならない。すると150個売らなければならない。しかし、それは売上であって、マッチを仕入れるために元手がかかってしまう。恐らく仕入れ値は15円と言うところだろう。すると、一箱辺りの利益は5円で3千円稼ぐために600個は売らなければならない。仮に仕入れ値が10円としよう。それでも300個は売らなければならない。マッチがそんな簡単に売れるとは思われない。アンデルセンの母がそんなことをしていたとは思えない。否、実際の話だったとしても、一家の家計は僅かながらも両親が得ており、多少なりともその手助けをするためにマッチを売っていたと言うに過ぎないだろう。

しかし、アンデルセンは、この話を貧しさの象徴として用いたのだろう。そして、彼の頭には貧しさの象徴として街娼のことも頭に置いていたに違いない。

 

街娼は、表向き他の商売をして身をやつす。それは男を吊るためと、合法化するためである。花売りはその典型である。花売りと言っても花束ではなく、胸ポケットに刺す一輪花である。それを通りすがる男の前に「買って下さい」と差し出す。その意味が分かる情欲のある男が指を立て、「1万円でどうだ」と言うようにして、OKならそれで商談成立、あるいは、「もう少し上で」と女がせがみ、男は「1.5でどうだ。」と指で示す。商談が成立すると、近くの安宿にしけこむ。そんなことはどこの国でもあったようだ。

わが国でも、昔、京の都では花売りに身をやつした街娼がいたそうだ。娼婦にも階層があって、花魁を筆頭に、廓で働く遊女、そして花売り娘のような街娼、一番、低いのは夜鷹とよばれるもので、川縁(かわべり)で柳の下に立って手ぬぐいで頬被りし、通りすがる男の袖を引く。今でも男の気を引くことを「袖を引く」と言うが、ここから来ている。夜鷹の場合は、そのまま、携えたむしろを川縁に敷き、そこで行為に及ぶ。夜鷹は娼婦たちの間でも蔑まれていた。

少し脱線してしまったが、街娼は何かに身をやつしながら、合法的にかつ効率的に自分を買ってくれそうな男を漁る。マッチ売りなどと言うどうにも成立しそうもない職業も街娼の表向きの商売としては成り立つのである。

アンデルセンは決してこのようなことを口にしたり書き残したりはしていないが、それを念頭に置いていたのは間違いないだろう。

彼は、前回のブログでも記したが、皮肉たっぷりに現実の厳しさを訴える。マッチ売りの少女では恰(あたか)も街行く男たちの冷たさを皮肉っているように見えるが、そうではなく、その背後にある社会の断層を皮肉っているのだろう。

少女は、その断層のいずれにも属することができず、疎外され、孤独にさいなまれながら、その中でマッチの灯に見出す夢想によって僅かに幸福を見出す。

 

これはしかし遠い昔の話ではない。今もこの世間の片隅では、そういう恵まれない人々が人知れることなく、そっと生きている。

果たして、政治はその人たちに優しいだろうか。政治家たちは奢ってはいないだろうか。

本当の貧困とは、物質的に恵まれないことではなく、そういう恵まれない人たちに手を差し伸べることもできない心の貧しさにあるのではないだろうか。

チャップリンは『街の灯』でその日暮らしの放浪紳士が、目の見えない少女のために二重人格の金持ちに取りつき金をせしめ、それを目の手術のためにと捧げる。チャーリーはそのために獄に入ることとなる。出獄しても暮らしぶりは相変わらずで、否、前科が付いた以上、決してまともな仕事を得ることができず、生活は一層厳しくなる。街をうろついている時に、例の花売り娘と出会い、不憫に思った娘が小銭を恵もうと彼の手を取って渡そうとした時にそれが恩人の手であることを知る。チャップリンはここで物語を終わらせる。二人が結ばれるなど、到底、考えることはできず、ハッピーエンドは永遠に続く幸福の序章でないことは想像がつく。

それでもチャップリンはハッピーエンドにしたかったのだろう。このラストを彼は相当悩んだらしく、別のテイクも制作していたらしい。それは娘がチャーリーの手を取っても何も気づかず、そのまま別れると言う話である。

アンデルセンが物語の最後を「不幸」で結び、チャップリンは「幸福」で結ぶ。二人とも、貧困の中で幼少期を過ごしたが、アンデルセンはチャップリンほど凄惨ではなかった。二人とも社会の矛盾に目を向け、それを皮肉ったのであるが、チャップリンは生きるということの喜びを絶対的な真理とし、アンデルセンは死せることの幸福、あるいは死によってしかえることのできない幸福を描いた。チャップリンは恐らく、『街の灯』を描く際、『マッチ売りの少女』を下敷きにし、それに対するアンチテーゼとしたのではないだろうか。

 

私たちはともすれば、自分自身のことしか考えない。他人の生活、他人の身の上に構っていられる余裕などない。

だが、世の恵まれない人たち、救いを求める人たちに、少し思いを馳せて、全ての人々が救われる社会を築くためにささやかながらも努めて行くべきではないだろうか。