すでに最初に何を書いたのかも忘れるくらい、最初のブログから日が流れている始末。アーメン。笑


さて、本当は真面目にブログの作成を目論んでいた割に、あっさりと手をつけなくなったこのブログ。

どうするよ、辞めちゃうか?なんて悩んでいたのだけれど、

辞めちゃうってのはちょっとな・・・と思ったので、


『最低でも2週間で一度くらいは更新する決意』

を胸に再開をしてみようかと思っています。

まあ、ほぼ日記なんですけれどねぇ・・・笑


予定では


①実習に関して

②介護技術に関して

③現在の介護業界


なんてのをテーマに書いていけたと思ってます。

最初に書いたあの決意はどこに行ったのか分からない(苦笑)

そもそも読み直していないくらいだから、一番最初のブログの内容を覚えていないという無責任さ。

まあ、それが自分って思うので、とりあえず、自分に諦めて、書きたいようにやってみようと思います。


で、今回は、7月の『実習』に関してです。

自分の場合は学校に行き始めてから、3ヶ月ですので、

『第一段階の実習』となります。


実習期間:7月4日~7月20日までの17日間。休暇は、5日。

計12日間の実習でした。


自分の場合は、『障害者施設』となりました。

第一希望~第3希望までを書いて、先生が選択する形だったのですが、

結果的に、自分は、全ての希望を障害者施設にしました。

理由は端的です。


―高齢者の施設が多く、障害者施設が少ないから。


というのが理由でした。


 先々に、自分が関わるのは、高齢者施設の可能性が高いと思っていて、どうせなら、全てを経験したいし、短い期間の第一段階で、障害者施設を経験しておくのが良いと思っていたからでした。

 また、ある人から、『障害者施設はくせがあるから向き不向きもある』と言われ、『難易度も高い』なんて言われていたので、『だったら嫌なものは先にしちゃおう』というのも理由の一端です。


 『いやなもの』というのが素直な感想になります。


 障害者が嫌なってわけではないのですが、

 『障害者施設は難しそう』っていうのは、介護素人の自分としては、初めての施設選択においては、凄く抵抗のあるものだったんですね。


だから『敢えて』選んだんですが、それがこうも気持ちに変化を与えるとは思っていませんでした。

僕の気持ちに大きな変化がありました。


それは障害者に対する「見方」が、前とは全くの別モノになりました。


本当にびっくりです。

※それに関しては、■1段階の実習②で書きたいと思います。


さて、皆様にとって不安のある方も居るかもしれません。


クラスの人たちの反応を見てみると・・・みな、『充実した毎日』だったようです。

学校では、受け入れをしてくれる施設に対して、『無礼がない』ように結構にハードルを上げて、説明をします。特に社会人経験のない高校卒業したての子たちもいるので、『礼儀を教える意味もあるのだ』と思います。


■相手に失礼な行為をすると、『来年再来年の生徒の受け入れにも影響』があるので、礼儀を守るように。

■相手は仕事をしてわざわざ受け入れをしくれるのだから、謙虚に実習をすること


なんて具合です。道理ですね。で、加えて、


■学生が見ているように、相手もよく学生さんを見ています。評価にも影響します。


なんてことまで言うのです。施設の人が厳しい人の印象をつけます。

それは、大切なことで意識しておく方が良いと思いますが、不安になる必要はないように思います。


相手は介護をする人です。コミュニケーションのプロですし、優しい人が多いのも実際です。今までに何度も実習生を受け入れてきたこともあるのです。あまりにいい加減なことをしていれば、それは目につけれるでしょうが、決して悪い人はいないですし、意地悪をする人も皆無だと思います。


施設によって、実習生の受け入れ方法や、指導方法は異なる


のは実際です。自分の場合は、いきなり介助からスタートをしましたが、

施設によっては開始3日間はコミュニケーションのところもありましたし、

最後までコミュニケーションだけだったところもあるのです。


でも、将来的な構図を見ると、多分、その実習で色々な経験が出来ても、そうでなくても大きな差はでないものだと思います。介護技術も結果的には、施設によってノウハウが異なりますし、就業後3ヶ月もすれば、みな同レベルの実力がついているでしょう。だから、その『実習の差』を気にする必要もないと思います。


あくまでも個人的な意見ですが、大切なのは、『介護に触れてみる』『どういった仕事なのかを理解する』程度のことなのではないかな?って思います。


『座学で教えられたこと』、『教科書の理想論』、『演習で行った介護技術』そういったものと、『現場の差異』が感じ取れるだけでも勉強になります。また、利用者の気持ちに実際に触れるだけでもイメージしていたものと随分違うので、それも勉強になる。


そういったものを感じ取れるだけで良いように思います。

自分にとっての第一段階のこの12日間の実習は、そういった意味で、本当に勉強になりました。

だから、施設にこれから実習で入る人も、怯える必要はまるでありません。そんな風に思います。


次回は、その実習後に発表会で発表した『実習の振り返り』を載せたいと思います。

ほぼ、日記ですね。ごめんなさい(笑)


※あくまでも個人的な意見ですのでご理解のほど、よろしくお願い致します。


にぱ!



こうひこうと申します。

これから定期的にブログをやっていきたいな・・・と思います。


第一回目は、失礼ながら、自己紹介をさせて頂きます。


「現状」


この3月で前職を辞めて介護をすることにしました。

辞めて即日に職業訓練校の手続きを行い、これから2年間、

埼玉のとある専門学校に通うことになりました。


「自己紹介・・・概要」


もともとは、とある会社で、数年間、教育業界で不登校対応をしていました。

それと、大手派遣会社で支店の立ち上げを経験して、ある会社の人事部におりました。

どれも、「人に関わる仕事」ばかりでした。


「性格」



どれも人とより関わる仕事でしたが、僕は人が好きなんでしょうか?


どちらかというと孤独を好むタイプと自分では思っているんですけれど、

たぶん、それは「仮面」なんだろうな・・・て、最近では自分では思います。

性格が駄目なんでしょうね。ひねくれているというか何というか・・・苦笑

小さい頃から人と違うことを求めていた様な子供だったので、

その延長みたいな形で大人になってしまいました(笑)



「不登校対応時代」


僕は、不登校対応ばかりに明け暮れていた時、本当にしんどい事ばかりだったのです。

その時は、何十人かの中学生不登校児の対応をしていましたが、ほぼ全員が大学にいきました。

今の現状をしっかり見つめ、次の打開策を考える。それも長い目線で、物事を捉える。

それが本当に大切だと学ばせていただきました。


しんどかった分、人として本当に色々なことを学べた時間でした。

当然に、『人の前向きさを、自分から引き出して貰う』ために山ほどの本を読みました。

一番、役にたったのは、「ビジネス本」であって、教育図書ではありませんでした(笑)

自分の中で自分を「偽善者」と認めてはいましたが、何とかしたいな・・・と、

あの頃、沢山の本を読んだことは、結果的に、自分の為になったような気がします。

子供にも、親にも、下らないジョークで勇気付けたりして、

ポジティブを引き出そうとする人間が、自分がネガティブでは話にならないからですね。


そして、家庭に踏み込んで、何時間も家族会議に参加させて貰うことで、

また、一番家庭で大切な「ひと」の未来を開く相談を受けていたことで、

金持ちだろうが、貧乏だろうが、頭が良かろうが悪かろうが、双子だろうが、一人っ子だろうが、

太っていようが、小さかろうが、父子家庭だろうが、母子家庭だろうが、

一軒家だろうが、アパートだろうが・・・


「大切なもの」が皆に共通に与えられていて、

そして、真っ向勝負したのなら、「喜び」は桜の花の舞みたく、そこにいる皆に与えられる。

そんなことを、僕は学ばせて貰いました。



「転職の際に」


それから、次の職を選択しましたが、

その転職の際に、介護というものをやろうかと悩んでいました。

悩んでいたのは20代の後半でした。


不登校対応で、いったんの区切りを自分の中で持って、転職を考えました。

理由は、「大手で働く経験を持ちたい。そこで学んだことを試したい」と思っていたからでした。

それは、僕個人の劣等感からの開放を求めていたんだと思っています。

僕は、高校の中では、遊びたい放題でしたが、周りの連中は有名大学ばかりに行きました。

自業自得とは言え、僕は友達に劣等感を抱いていました。

その劣等感も不登校対応ばかりの頃に、いつしか薄まりましたが、

大手に入ることで、そして仕事で勝負することで、劣等感を完全に拭い去りたいと、

そして、自分がやってきたことが正しいのだと自分を認めたかったんだと思います。

それと併せて、僕はその頃は、事業家になりたいと思っていたんですね。実力もないのに。

だから大手ならもっと勉強も出来るし、「自分を試せる」って思っていたのが発端です。

ところが、その反面、安定も求めているような矛盾も自分で抱えていたんです。

だから、そういった道を模索していました。


そんな中で、ふと介護というのも考えていました。

ただ、その時には、どうしても、金銭面の悩み(介護は給料が安い)があって、


―僕にとっては、「やりたくても飛び込めない業界」でした。


結婚やら、家族のことやら、自分の将来やら、余計な考え、他の夢やらがあって、

まだまだ未熟な僕は、経済的なことを考えてしまっていたんですね。

本当に色々なものに目が向いて、あれもこれもと、道が定まらない状態だったように、

今は思います。


だから、介護には、躊躇をしてしまったのでした。


「前職」


そして、時間が過ぎ、

前職で一通りのビジネスをして、自分の中では、やっと踏ん切りがつきました。


あることがきっかけで僕は仕事に打ち込みましたが、結果的に6ヶ月で課長まで上り詰めました。

その会社では、珍しいほどの昇進です。それほどに大きな会社ではありません。

300人の従業員と、25の支店の規模の会社です。


昇進であっても難しいことは何もしていませんでした。

毎朝6時には会社にいました。皆の机を、来客の来る所を掃除したり、そんな感じでした。

ただ、夜は、20時まで仕事をしてから、仕事の整理で外で勉強をしていました。

本は年間で300冊以上は読みましたし、セミナーにも結構に参加しました。

そして人事を主体としていましたが、便が良い男なのか、海外赴任や支店長、その他もろもろ緊急事態があると、全てのことをこなしました。そして、職員の研修なんかもやっていました。


そんな中で、最終的に介護事業部の方のミスが発覚して、

一時的に介護事業部の責任者をすることになりました。

普通なら未経験者が責任者につくなど、ありえません。

人事的なトラブルでもあったのでその解決が求められましたのが理由です。

ほんの一ヶ月だけの責任者でした。


―それが『転機』だったように思います。


その際に、職員に同行して、はっとしたんですね。

寝たきりのおじいちゃん(利用者さん)だったんですが、

昔話をしていると「嬉しそうに」頷く、その姿を見て。


―なんか、「あっ」って感覚が自分の中で弾けたんです。


そういうのって理論は要らないでしょう?

仕事は楽しかったですし、近々には、海外赴任・昇進なんて話もありました。

でも、違うんです。求めていたものが。


会社では常に、論理や、戦略のオンパレードです。

有名なトヨタ生産方式なんてのもそうですよね。基本的にビジネスを本気ですれば、それらが渦を巻く。

でも、僕は、いつも、もっと「感受性」をくすぐる何かを求めていましたんだと思います。

趣味以下の、詩を書いたり、小説を書いたりもしますが、もともと、そういう人間なんでしょう。


例えば・・・


「花が美しい」

それを論理的に解釈をするのは学問としては大事です。

でも、それには本来、戦略も、論理も必要ないはずです。

「美しいから、美しい」ただただ、それだけ良いのです。


ベンチャー的な会社でしたので、それらの感受性が、ほぼに欠乏していました。

会議でも何でも論理的な話し合いです。

自分は、そんな中で、主導権を握らなかったことは、ほぼありませんでした。

勝ち負けではありませんが、相手を納得させるのは得意だったのでしょう。

でも、論理的な攻防戦ばかりで、それに勝った所で、何が得られるのでしょうか。


リーマンからなる不景気の中で、生き残りを考えるのならば、それはそれで正しいのでしょう。

でも、それではたぶん、最終的には勝てない。他の企業に持っていかれる。

そして、人として、ズレが生じる。ビジネスには戦略と併せて、感受も必要であり、

本来はそのバランスがもっとも大切です。


―感受が欠乏した仕事は、本当に仕事なんだろうか?


とばかり考えている、そんな毎日でした。


そんな中で、その時のじいちゃんの姿を見て、なんか昔の自分に戻れた気がしました。

不登校対応ばかりに、他人の子供なのに、悪戦苦闘の日々を送っていた頃の自分に戻れたような・・・

それで、色々と会社と話し合いを進めて、

「自分がやりたいことをやる」って理由で、退職にいたりました。


当然に、経済面の心配も浮かびあがりました。

もう、年齢的には、転職も厳しい年齢です。

でも・・・


―金ではないのです


その考えがあるから、僕は、この道を歩くことを選択したのは、明らかです。

金の心配、結婚のこと、自分の生活を考えるなら、僕は他の業界も検討したはずです。

でも、僕は、退職を考え始めた時に、介護を検討していたのです。

自分の年齢的には、もうチャレンジをするのは最後です。それなら僕は介護を選びます。


金はついてくるもの。

大切なものでありますし、それを無視することは出来ませんが、

それは、あとで考えていけば良いのではないかな?って最近は思うようになりました。


今の自分は、それで良いって自分は思っています。

幸福って、それがあっても無くても手に入れることが出来るはずです。

確かに手段としては大切ですが、もっと大切なものが誰にだってあるはずです

僕は不登校対応を経験してから、共通の理念を元に仕事をしていました。

とあるセミナーで有名な先生が言っておりますが、僕は大きく共感しています。


―それは、「仕事は人のために」という考え方です。


キリストではありませんが、必死になって、何かを無欲に与えようとする人間でありたい。

そうすると、見返りなんてものはなくても、きっと、自分は満たされていきます。


「薔薇を献辞たる手に余香あり」


中国の諺だったかな・・・それを僕は信じたいのです。



「目標」


そんな自分ですが、「年齢が年齢」というのとあわせて、「やりたい仕事に就く」ので、

単純に介護をするだけでなくて、自分なりに業界を考えながら、仕事をしていきたいと思っています。

僕は僕にしか出来ない介護で、僕の中の主役になれば良いのです。


今度はボランティア精神思考が強い、感受に支えられる業界です。

ただ、僕が思うに、多くの職員の方はそちら側に偏っている様な気がします。


その理由は、

業界が業界であること、それと大きな要素は国からの補助で成り立っていることが、

「ビジネス」「仕事」という考え方を薄めているような気がします。



医療関係に勤めている友達がいますが、

「潰れない」ということが「怠慢」になっているケースもあるという事でした。


―前職と反対の「偏り方」です。


僕は、それを仕事(ビジネス)として成立させる考えを持ちたいと思っています。

「利益追求」というビジネスの形ではありません。

それは必要なものですが、それは最小限でも良いのです。

もしも、企業体としてそれを成立させる目的(利益追求)も見出す必要があるのならば、

「事業所の数」で勝負する形を検討します。安易な考えですし、まだ見えない事も多いのですが、

今の時点ではそう考えます。


ですので、利益追求は横において、


「職員が幸せになるには、どうしたら良いのか?」 というのを最終目標にしたいのです。


職員を大切にすることに関して、前職で社長と最終的に対峙したというのも理由かもしれませんが、

僕は、「職員が幸せでないなら、介護は出来ない」と思っているのだと思います。

職員の幸せなら、給与を上げるのでしょうか。

未熟な僕が職員給与について考えられる力はまだありませんし、

実際には、まだまだ人件費は早々に改善できる問題ではないでしょう。

だから、給与ではない職員の幸せを考えたいのです。


―もらえる物はきっと山ほどに、そして、金よりも価値のあるもの


そして、金ではない職員の幸せは、

「楽しい時間」「親交の深い仲間意識」「仕事のやりがい」「職場環境」などなど・・・

たぶん、そういうもので、きっと、幾らでも見出せる。


そして、その仕事に「誇り持てる環境」を作りたいのです。


それは所属する際の規模は関係ありません。

どんな小さな職場でも良いのです。

そして、僕がトップになる必要もありません。

その環境を作るのは、上長だろうが、部下だろうが、全く関係なく、やり遂げる事が出来るはずです。

というより、それを確信的に、イメージしています。

それが無いと出来ないなんて、それこそ、よほどに器の小さい男になってしまいます。



「目的」


そんな目標があっても僕は初心者です。未熟者です。

今、教わっている先生は高齢な方ですが、本当に勉強になる方です。

尊敬をしています。直感的に、感じるんです。凄いなって。

不登校対応時代に感じていたことが、リアルに蘇ってくる感覚もあります。


―先生が教えてくれていること、それは、凄く「人として大切なこと」ばかりです。


また、凄く「経験」に基づく指導をして下さっている。


―だから、奥が深い


経験ほど重要なものはないんです。

リアルの経験は、言葉の重みを変えます。


『だから、初心者らしく、一生懸命勉強していきたい』

それは、僕の先生に対する敬意と恩返しだと思っています。


「ブログの目的」


そして、ここで学んだことを、自分で習得するために、また一端を整理するために、

自分の勉強のために、ブログ化していこうと思いました。


当然に、学校で習っていることを、そのまま載せては、学校の授業公開で機密保持にも関わりますので、

そういった形ではなくて、一般的なテーマを主体として、自分の考えを纏めていきたいと思っています。


それと併せて、一番大切な事になりますが、

読んでいただける方に、伝えられればと思っています。

こんなクズな自分が、

凄くおこがましいですが、自分の悩みや失敗を参考にして頂ければと思っています。

それは、「人のために」っていう自分のポリシーを大切にしようと思っているからです。


『困っている人の役にたつ』


そんなブログに出来たら良いなと思っています。

ちょっとしか役にたてないと思っています。僕は人の役に立てるほど、「経験」が足りません。

だから、「ほんのちょっとでも」と思っています。


ちょっとでも介護に絡む人(ご家族、介護者、単純に悩む人など)と、

共に悩んだり、選択に迷ったり、失敗を悲しんだりしながらも、

職業訓練に行っている間、そして就業後も、自分の夢の一歩一歩に近づきながら、

自分なりに、続けられたら良いなと思います。


当然に、倫理観が大きく関わる複雑な業界だけに、

「ご批判を受けることもあるだろう・・・」とは思っていますが、

ご指導ご鞭撻には素直に自分の中で消化できればと思っています。

また、出来るだけ、下らないジョークも交えられたらと思います。


―笑顔が零れない介護はありえないですから。


そして、「薔薇を献辞たる手に余香あり」の気持ちで続けていけたらと思っています。




文章能力もなく、工夫も出来ず、案外に自己顕示欲な文もありますが、

興味をもたれましたら、どうか宜しくお願い致します。


※誤字脱字ありましたら、ごめんなさい。

                                                              


こうひこう