北航平_kita kouhei公式ブログ『ホンマ独り言やねん…。』

北航平_kita kouhei公式ブログ『ホンマ独り言やねん…。』

音楽家・打楽器奏者・アーティスト北 航平。音楽制作、BGM/著作権フリー音楽studio guzli【スタジオグズリ】主宰


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お勤め人でもないのに朝の6時に起こされて、それ以降ずっとコイツが膝の上で丸くなってるので、起きてから1時間半ほどの間、まったく何もコトが進まへん。アホみたいな顔してジッとしてるだけ。



まあ、さっさと下ろしたらええやん、っちゅう話なんやけれども




ホンマ独り言やねん




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珍しく異常に長文。

 

過去を振り返る事はあんまり好きじゃないんやけど、そういえば平成元年の時って僕はいったい何歳位やったんやろ?と思ってアホみたいな顔して数えてみたら12歳の終わり頃でした。うん、小学生。

今、世間やメディアでは「平成最後の〜」ばっかりで、もうホンマに大概うっとうしいんやけど、元号が変わるという事自体は実はちょっと楽しかったりするんです。何かリセットするみたいでワクワクする感じといえば良いのかなぁ。

という訳で、改めてごく個人的に僕なりの平成という時代を振り返ってみたら、まあ何というか、見事に苦難と鬱屈、屈辱と忍耐、挫折と迷走の期間やった様な気がするんです。

いやいや、ゴールデンウィークの序盤からそんな暗い話はいらんよ、帰ってくれ、と言われるかもしれんけど、まあ、総括してあまり明るい時代ではなかったなと思うんやからそれはもう仕方ない。

いや、もちろん楽しい事も良い事もいっぱいあったし、優しい人や面白い人、今でもホンマに深い付き合いが続いてる信頼出来るかけがえのない人達との出会いも沢山あったんです。

でも、あくまでも「自分として」は、平成の時代というのは、自分の中にある反骨精神を試される様な出来事が非常に多かった。
ちなみにですが、昭和の時代はなんとなく幸せな記憶しかない。まあ、それはいいや、平成の話に戻ろ。

思い返せば、小学校の転校による疎外感から始まり、それによる影響もある中学校でのイジメ、高校と音楽専門学校はひたすら孤独に自分の内に向かう様な音楽の勉強やドラムの練習期間、その後プロになって世間に出て行ってからも様々な苦難は続き、そして決して少なくない数の近しい同業者の人達の死に連続して直面したりと、なかなか色んな意味で暗黒の時代が長かった。

 

職業としての音楽、という面だけで関西〜東京時代を思い返しても、今から考えると心から「楽しい」と思って音楽をやってきた事は殆ど無かった気がする。なんというか、常に他人に負けたくない、今に見返してやるという、いわゆる「負のパワー」だけで動いてきたんかなぁ。おかげでどこに行っても常に同業者にはある一定の評価は頂いてきた気はするし、そこそこ良いお仕事もさせてもらってきて、それはそれは幸せな話で当然感謝でしかなく、またそれによって鬱屈した精神みたいなものもある程度解消されてきたんやけど、でも自分の中ではやはり「何かが違う」という感覚は拭えへんかった訳なんです。

それでもアホみたいな顔してひたすら練習して、アホみたいにライブやりまくって、いつか何か見えるかもしれんと続けてたんやけど、ある時ある出来事がきっかけで、あっ、やっぱり違う、これじゃないわ。このまま続けてどこまで行っても思ってるものには辿り着けへん、と気が付いたんです。ああそうか、自分は職人になりたかったのではなくて、アーティストになりたかったんや、脳内にある様々な形や色をした有象無象どもを音という形にして、細部まで全部含めた表現という事をしたかったんや、という事に気が付いてしまったんです。

そうなると、他人のバックでドラムを叩くお仕事はもう辞めよう、と。タイミング的にちょうど震災もあり、放射能も心配やし、更には再婚もしたし、自分の作品を作るなら東京じゃなくてもいいし、京都に帰ろう、と。

 

まあ、しかしそれによってそれまで応援してくれてた周りの人達や後押しをしてくれてた先輩や同業者などからあからさまにガッカリされたり、時には反対されたり、たまには逃げるのかと非難されたりもして、また例によって孤独感や負のパワーが新たに生まれてきたりする訳なんですが、でも今度は自分のやりたい事に確信が持ててるので、気持ち的には物凄く前向きなんです。だって他人の音楽の一端を担うバックの演奏だけをやってても僕は一生満足感は得られへんという事に気が付いてしもたんやから、諦めて逃げるのかと言われても、そんなん知らんがな、という感じなんです。いや、ホンマにお世話になった人達には申し訳ないんやけど。

そして、また長く深く潜る準備期間と紆余曲折を経て30代も後半に差し掛かった頃、ようやく始めてのアルバムが完成して、しかもそれをリリースしてくれるというレーベルまで見つかり、更には信じられない事に海外でまで発売してもらえるという自分史上最高の快挙(?)に遭遇する事が出来たんです。

もちろんセールス的にはまだまだ大した事は無いんですが、それでも自分の人生のカケラを集めた様な、脳内をひっくり返した様な、なんやったら汚物を垂れ流した様な物を、世界のどこかの片田舎や街で買ってくれて聴いてくれている人が少なからずいるというだけで、これまでの様々な負の感情を洗い流してくれる様な清々しい気持ちになれたんです。
ああ、そうか、これでイイんや、と。

 

常に他人の目を気にして、どこかで何かに怯えて生きて来た自分にとって、そんな事はホンマに些細などうでもいい事やったんやな、と。
自分が自分の心の内をよく見つめて生きていけばいいんやという事が分かったんです。もっと言うたら、「やりたい事の中でも、更に本当にやりたい事を見つける。」という事がいかに重要かというのが分かったんです。とりあえず何となく大きな括りとしての音楽の仕事を続けられてたら中身は別に問わない、という生き方は自分的には絶対あり得ないという事を確信したんです。

その後、有難い事に2ndアルバム、3rdアルバム、4thアルバムと毎年立て続けにリリースさせてもらって、もちろん好きな事だけをすると決めた以上、まあまあ生活は大変やったりはするんですが、それでも迷いが無い人生というのは、いかにかけがいのない事なのかと感じながら、日々アホみたいな顔してネコと遊んでる訳なんです。

そんなこんなで自分の中では長いのか短いのか分からん平成が終わろうとしてるけど、次の令和という時代は、自分はもちろんのこと、自分以外の人達の為に音楽をしたいなと珍しい事を思ってます。いつも変わらず応援してくれる人達や、ずっと変わらず自分を認めて励ましてくれてた人達の為に音楽を作れたらいいな、と。

 

月並みな言葉であまり言いたくはないんやけど、でもやっぱり自分一人ではここまでワケの分からん人生をずっと歩み続けて来られへんかったと思うし、その恩返しというか、感謝みたいなものを音楽を通じて返していかなあかんなぁ、と結構本気で思ってます。

毎日毎日かわいい顔して、いやがらせの様に何時間も小さなボールを投げてくれとしつこめに甘えてくるネコのチェロの為にも、もっともっと色々考えて大切な人達と音楽をやり続けなあかんな、と。


ホンマ独り言やけど…。

 


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ええ歳の大人が平日の昼間にアホみたいな顔して本を読んでると、必ず猫のチェロがトコトコやってきて、しおりの役割をしてるヒモをかじり倒す。


だんだん短くなってきて、しまいにはしおりの役割を全く果たさなくなるので、物凄くかわいいんやけど出来ればやめて欲しいと思うのは贅沢な悩みなんやろか。



ホンマ独り言やねん



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