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チクたくBaseball Life

高下 沢(こうげたく)です。日々の生活や野球のことを書きます。

昨夜は、ファイティングバーズとアドベンチャーワールドとのタイアップ企画。

ドリームアットザズーというイベントに参加した。全世界で行われているというこのイベントは、障がいをお持ちの方々が主役のイベント。

スタッフ、選手達は役割を理解し、普段は見てもらう立場であるが今日はエスコートする立場として運用に携わさわらせてもらった。



参加者も、運営側も皆さん終始笑顔である事に途中から気付いた。
ファイティングバーズは、一昨年から活動をスタートしているにも関わらずこういった地域への露出を、球団の足並みが揃っていない事が原因で、地域活動にうって出る事が出来なかった。

地域の球団である我々は、たくさんの方々からお金・人・物・時間・想いをお預かりして運営させてもらっている。
求められている事は地域社会への還元だ。
自社では出来ないが代わりにやってほしい。私は地域の企業がスポーツチームを応援するきっかけの多くに、地域への想いをひしひしと感じる。

代わりにやらせてもらう以上、より多くの方に楽しんでもらいたい。
単なる機会ではなく、共感を呼び込みたい。

兵庫も、和歌山も代わりにやるからには、大きな大きな責任が伴う。


2004年・国内に独立リーグが出来ることを知る。
2005年・香川オリーブガイナーズに入団。
2007年・紀州レンジャーズに入団。
2009年・明石レッドソルジャーズへ入団。
2010年・神戸9クルーズへ入団。
2011年・兵庫ブルーサンダーズへ入団。
2015年・和歌山ファイティングバーズの経営に着手。

思えば、2004年から独立リーグに関わり色々な方から受けたありがたみを身に沁みて今に至る。
疑問に思う事、改善するべき点、これからの未来に向けた可能性・・・

毎日起きてから寝る瞬間まで考えて考えて答えを探してきた。

分岐点は2つあった。
・香川オリーブガイナーズに入った事。
・兵庫ブルーサンダーズを立ち上げた事。

挫折と挑戦の2つのキーワードに分かれるこの分岐点は、今の自分になくてはならない経験と、たくさんの出会いがあった。

日本初の教育提携システムがスタートした事。
所属選手がドラフト指名を受けた事。
大正製薬さまのCMに起用された事。
元阪神のエースが入団してくれた事。
三田市とのパートナーシップを締結させた事。
NPB球団との交流戦が始まった事。
野球が好きで好きで仕方なかった選手が亡くなった事。

色んな事があったが、すべては一緒に働いてくれたスタッフや選手、支えてくれた先輩方、ファンの方々、監督・コーチ、ボランティアスタッフの皆様のおかげでここまで来ることが出来た。

今は、非常に能力の高くそして愛情深い12人のスタッフと、111名の夢を追う若い選手達が在籍している。
この組織を守り成長させていくことが、私の役目。
人にはそれぞれ役割がある。それを全うする事。
立場や状況をわきまえ、今すべきことに注力する事。
これは引退間際、仕事をしていく上で大切な事だと、三田の福助グループ・福西社長からこんこんと教わった。
実はこれで野球が、少し上手くなったとも感じた。

さぁ、明日もまた山場。
役割を理解し、がんばろー

先日のリーグ選抜チームの読売ジャイアンツ戦。先頭打者は、陽岱鋼選手。

リーグ選抜チームの先発投手は、兵庫のエース黒田投手。陽選手に気負ったのかカウントは0-3に。
4球目に投じたボールは、ワンショットでホームランにされてしまった。
高い技術と集中力にベンチもネット裏もどよめいた。
この日調子が上がらなかった黒田投手だったが、その後逃げずにどんどんと投げ込む姿勢に、スカウトが一言。

「投げっぷりが良いね。逃げないところも良い」

黒田投手も、そしてこの試合初登板を果たした三山投手も兵庫ブルーサンダーズを支える投手陣だが、ともに高校2年と3年生。

高校野球の名門校で、硬式野球部に在籍していた2人は、今の道と、転学したとしたら、、、
どっちがプロに行くのに早く、そして効率が良いのだろうと考えたそうだ。
高校生の時から独立リーグで投げ、高いレベルに身を置き、NPB選手相手にボールを投げる。
そして、周りの在籍選手は経験も実績も様々で、何より多世代に及ぶ。
そこには、練習を続ける元メジャーリーガー井川慶投手もいる。

入団間もない頃は頼りない事も多少はあったが、今ではチームの軸となり他を引っ張る存在になった。

和歌山ファイティングバーズにも、楽しみな素材が加わった。
彼らもまた、先輩達とまじり汗を流している。
次はオレだ。今日の試合中、早く試合に出してほしいとこちらにアピールする姿勢が頼もしく感じた。