金澤翔子ちゃん
先日上野の森美術館にて、金澤翔子ちゃんの書展に行きました
前回行ったのが少し前かと思ったら、な・な・なんと!2008年でした
その時のブログ
http://yaplog.jp/kumiko-kogami/archive/835
なんだか文が変なとこもあるけど
翔子ちゃん、お母様にもお会い出来嬉しかったですご招待ありがとうございましたm(_ _)m
本にサインも頂きました
翔子ちゃん、ありがとう
朗読会
高校時代の恩師、長澄修先生が朗読されるとのことで『
高校時代のことはよくブログに書いていますが私にとって沢山のこと
高校のクラス名はA組B組とかではなく木の名前だった為、それぞれのクラス名が木の名前でした。私達がいたクラスは唯一の演劇科、楡(にれ)組、13期生
今年3月に閉科したこの演劇科。33年の歴史に幕を閉じました。
どーん|この写真にもおさまりきらないくらい
お仕事や諸事情で来れなかった人も沢山いたので全員が集まっていたらどんなことになっていただろうか・・・とにかく物凄い人でした。卒業生には現役でご活躍されている人、裏方でご活躍されている人、役者、ダンサー、歌手、振付師、先生、演劇とは全く違うことをやっている人、色〜んな人がいました。あんな人、こんな人も先輩や後輩にいたのかって今まで知らなかったことも知ったり。
途中のパフォーマンスタイムではあらゆる期が集まって一つの作品をパフォーマンスしたり、我らの音楽の先生、森田先生がオペラを歌ったり、感動しました。
演劇科がどう生まれたのか、そんなお話もとても貴重でした
そんな演劇科、我らの演劇科の先生、長澄修先生の朗読会があったので鎌倉へ行きました。奥様で同じく演劇科の先生、桃子先生にもお会い出来とても嬉しかったです。
懐かしいものが出てきたので載せちゃう
これは「猫」の時のパンフレットを作成した時の。猫の足跡から人間の足跡に変わっていくのを描きたかったので描いたところ、採用されました。でもこの肉球、違うよねそこは温かい目で見てやって下さいこれをベースにこの上に「人間になりたがった猫」という文字をまた別の子が描き、パンフレットの表紙になりました。(パンフレッットもどこかにあるはず・・・)こんなこともやったり本当に濃ゆく、濃ゆい、濃厚な時間を過ごしました。
私たちの1期下の「青い鳥」以降はオリジナル作品を上演。桃子先生の叔母様が『魔女の宅急便』原作の角野栄子さん、
なので「青い鳥」以降の全ての作品は岡田淳さんの作品です。
母校のYouTubeがあったので載せて見ました。
9月9日鎌倉文学館にて、長澄修先生の朗読会、素敵な朗読会でした岡田淳さんもいらっしゃいました
修先生・桃子先生はGADSMITH(ガッドスミス)というミュージカルスクールを立ち上げ早速色々なことをなさっています。今後のご活躍も今までと変わらず引き続き応援しています。
こちらはホームページです
私も朗読とかしたいなぁ〜絵本読むのとか紙芝居読むのえへへ
誕生日に書いてみた。
遅ればせながら携帯直りました📱携帯使えないと不便ですね、しみじみ。。
今日は誕生日、色んな人から色んなところからおめでとうメッセージが来ていてとても嬉しいです。(携帯よ、ありがとう)
年を重ねると「老いて行くわけだしきっと嬉しくないんだろうなぁ」なんて思ってたけど、やっぱりおめでとうと言って頂けることは嬉しいことですね。
人生この先どれだけ生きていくか分からないけど、この先も変わらずに素敵な人間になりたいなと思い続けています。思うだけじゃなく、素敵に生きてゆくぞ!ってね、私の思う素敵は、やっぱり死んだ時に振り返って、その人生どれだけ笑顔だったかだと思うから、いっぱい笑って、周りの人々にも笑って欲しい。
人生は・・・って、人生を語るにはまだ若輩者ではありますが、人生全部思い通りじゃなくて、思い通りにいかなくて辛いことの方がむしろ多かったり、悔しかったり、時間を巻き戻したいこともあるし、選択が間違うこともある。でもだからこそ、「今」が本当〜に大切で、いつ死ぬか分からない自分の「たった一度の人生」先しかないから未来しかないから、この先の未来の自分へのために、笑顔に溢れていた人生を歩めるように、残りの人生を大切に生きていく!とな、宣言みたいになったけど、これが「今」の私ですな。。
って語ってしまった。活動については色々考えていますのでね、フツフツとね、だからね、そうなのねん。