川島なお美さん | 末期がんの先

末期がんの先

妻の闘病記です
2013年8月貧血の精密検査の結果大腸がんに侵されていることが発覚。
手術で大腸ガンは切除したが、腹膜播種が判明、末期がんの宣告を受ける。
生き残るため悪戦苦闘する闘病記です。

川島なお美さんが亡くなられました。

2週間前に記者会見してた人が、もう死んでしまうなんて。びっくりしました。


相変わらず、マスコミ報道は「腹膜播種」の名前が出ませんね。

日本医師会に止められているのでしょうか。

正式な病名を公表するのがマスコミの勤めだと思うのですが。



腹膜播種の余命は2年です。死んだ日から、2年逆算すれば播種が始まった時がだいたいわかります。

播種が始まったのは13年の9月からでしょうか。

(2013年7月に余命1年を宣告されていたとか、ニュースで見ましたが2014年の間違いですよね?)

14年の2月に胆管がんの手術の時には、術前のPET-CT検査で、腹膜播種の可能性も分かっていたはずです。

手術を受けたあと、末期がん宣告されたことだと予想できます。


家族は絶望のどん底に突き落とされたでしょう。

きっと何日も泣き明かしたことでしょう。

これは、私の妻の末期がんの発覚と同じ流れです。


見つかったのは、播種が始まって、約5ヶ月目の初期の腹膜播種と思われます。

これも、妻と同程度の播種だったと思われます。


川島なお美さんは、この時点で腹膜播種センターに駆け込んでいれば。

助かっていたかもしれません。

初期の腹膜播種の治療は難しいことではありません。

摘出する臓器も少なく。腹膜も部分切除ですむはずです。

直腸が播種に食われて、人工肛門になるかもしれませんが、大腸を材料にして肛門を再生するので。

3ヶ月ほどガマンすれば、オリジナルより使い勝手が悪いかもしれませんが、

再生肛門も使えるようになります。(人工肛門から再生肛門の切り替え手術が必要です)



川島なお美さんの周りの方は、腹膜播種センターのことは分からなかったようです。

分からないのは仕方ないことです。

一番悪いのは腹膜播種センターのことを教えない医者です。

腹膜播種患者を症状にかかわらず、見捨てるのは日本だけです。