1週間前の日曜日。

千秋楽で優勝決定戦にもつれた優勝争いは横綱・照ノ富士が制して優勝した。

でも日本中が関脇・琴ノ若を応援していたなあ。

 

今回のケースは琴ノ若を応援したくなる気持ちもわかる。

決して照ノ富士は嫌われている力士ではないと思うけど、今回はヒール役だった。

 

彼が今回同様、日本中を敵に回してヒール役になったことがある。

あれはもう7年前。

 

相手はその場所が新横綱となった稀勢の里だった。

 

稀勢の里の大関時代、僕は彼の勝負弱さにはいつもがっかりしていた。横綱に昇進したのは日本人横綱誕生を急いだ協会の勇み足ではないかとさえ感じていた。

しかしそんな僕の心配をよそに、稀勢の里は初日から12連勝。優勝争いのトップに立っていた。

しかし13日目に日馬富士に寄り倒され、左肩を負傷してしまう。痛がり方が尋常ではなかったので、翌日からの休場は確実視された。

そんな中、稀勢の里は左肩に大きなテーピングをして強行出場したのだ。

 

現金なものでその姿を見て、僕は稀勢の里のファンになった。

しかし使えない左腕が重荷になり、鶴竜に完敗を喫する。この時点で当時大関の照ノ富士がトップに立った。

そして千秋楽。

稀勢の里は1敗差の照ノ富士との対戦。勝てば優勝決定戦にもつれ込む。

稀勢の里が優勝するには、本割で勝ち、さらに優勝決定戦にも照ノ富士に勝たなければならない。照ノ富士に2連勝しなければ優勝はない。

左腕が使えない稀勢の里の劣勢は、誰の目にも明らかだった。

 

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僕はその千秋楽をたまたま病院の待合室で観ていた。娘を皮膚科に連れてきていたのだ。

稀勢の里対照ノ富士の対戦時間になった。

稀勢の里は劣勢を撥ね退け、突き落としで勝った。待合室は驚くような大歓声。あまりの盛り上がりに驚いた先生が、「何があった?」と診察室から飛び出してきた。

次はいよいよ優勝決定戦。

僕はもはや、娘の名前が呼ばれてもいないふりをするつもりだった。

「奇跡は2度も起きないだろうが、温かい目で見守ろう」

 

そんな空気が待合室に、そして日本中に流れていた気がする。

優勝をかけた一番。

稀勢の里は照ノ富士に土俵際まで一気に追い詰められた。もはやこれまで・・・。

しかし、なんとそこで稀勢の里の「神の小手投げ」が決まったのだ。

片腕での奇跡的な勝利に、待合室はもう拍手喝さいの大騒ぎだった。 

価値観が多様化した現代にあって、見ず知らずの人々が一つになっている光景に、僕は不思議な感動を覚えた。
 

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同時に、待合室の片隅ではまた別の奇跡が起こっていた。

車椅子に座って応援していたおじいちゃんが、稀勢の里が小手投げを決めた瞬間、なんと興奮して立ち上がり、拍手をしていたのだ。

「立った…おじいさんが立った!」

付き添いのおばあちゃんが口に手を当て唖然としている。

おじいさん、あんたクララか?
娘の名前が呼ばれた僕は、そう思いながら診察室へ入っていった。

 

 

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