そしてアメリカ横断ウルトラクイズの当日、僕は早朝から東京ドームに行った。

たしかバイト代は日当5000円だったような記憶がある。

 

グランドの中をいろいろと走りまわされてそこそこ大変だった。今なら5000円ではとてもできない。というか、もうあんなに走れないので、今はたぶん僕は5000円で雇ってもらえない。

 

そしてその日最後にやった仕事は参加者の受付だった。

これが普通の受付とちょっと違ったのである。

 

参加者に送られてきたハガキ(今の時代ならスマホを見せるんだろうな)とパスポートをチェックして、ハガキに書かれた名前とパスポートの名前が一致するかを確認する。それとパスポートの顔写真と本人が同一人物かどうかも確認する。

ここまでは普通。

 

そしてその後に僕は「×」という大きなスタンプをハガキに押すという仕事だった。

 

何で×なのか。

 

実は入場前にその年のウルトラクイズの第1問が発表されていた。さすがに問題文はもう覚えていない。

参加者はその問題を聞いて〇だと思った人と×だと思った人で入場ゲートが違うのである。

 

僕は×だと思った人の入場ゲートの担当だった。

 

ほとんど流れ作業的な仕事だったが、1人不安そうな顔で僕にパスポートとハガキを差し出した若い女性がいた。

 

その女性が出したパスポートは他の人と色とデザインが違った。

ごくわずかだが外国の人もいたので、その人も外国の人なんだなと思った。だが、彼女の場合は送られてきたハガキとパスポートの名前が違ったのである。パスポートの方は外国人の名前だった。送られてきたハガキのあて名は日本人のものだった。

 

パスポートは北のものだった。

 

不安そうではあったが、彼女は精一杯の笑顔を作りハガキとパスポートを交互に指さしながら僕に説明した。

「普段はこっちの名前ですが、こっちが本名になります」と。

 

本来なら僕はここでストップをかけて日テレのスタッフに相談しなければいけないのだろうが、「はい、大丈夫ですよ」と言って微笑み返しをして×のスタンプを押して彼女を通した。

 

彼女はとても安心した顔で「微笑み返し返し」をしてくれた。

 

この日は2万5千人くらいの参加者がいた。

そしてその日の第1関門を突破して日本を飛び立つのは100人だけ。

 

もしこの100人の中に彼女が残ったら問題になるかなと思ったが、100人の中に彼女はいなかった。

 

明日を笑顔に (晴れた日に木陰で読むエッセイ集) | 山本 孝弘 |本 | 通販 | Amazon