魔人の剣がセーラスの右肩を貫いていた。フレアスの言葉に、セーラスが振り返ったことによって即死は免れた。
「くそー!」
 セーラスが、手にした剣を握り返し、魔人に向かって思い切り振り切った。
「真空斬!」
 傷ついた傷口から血飛沫が舞った。しかし、セーラスはそれを気にすることもなく一撃を放った。
「くっ!」
 魔人は剣を手放し、空へ逃げた。僅かに避け損ね、魔人の顔に一本の傷を作った。
「貴様……!」
 魔人が両手に魔法力を込めた。自分を傷つけたセーラスを許せなかった。
「させるか!」
 フレアスが剣を魔人に向けて投げつけた。魔人はそれに気づき、右腕で跳ね飛ばした。剣が宙を舞い、地面に突き刺さった。
「あんたなんか!」
 ニーナが十数本の矢を一気に放った。
「邪魔をするな!」
 魔人はその矢を左手に込めた魔法力で打ち落とした。ニーナの矢に注意が向いた隙に、フレアスが剣に向かっていた。剣を引き抜くと同時に、魔人に向かって飛び上がった。魔人がフレアスに気づくと、腰の剣を引き抜いた。
「早死にしたいようだな!」
 魔人がフレアスに剣を振り下ろした。
「そう簡単にはいかねぇ!」
 魔人の剣を弾き飛ばし、魔人に向かって蹴りこんだ。しかし、それを片手で受け止められ、再度剣をフレアスに振り下ろした。
「セイクリッドアロー!」
 魔人に向かって放たれた矢に、魔人はフレアスの足を持つ手に力を入れ、フレアスをニーナの矢の盾にした。
「あ……!」
 ニーナの矢がフレアスに向かって行った。フレアスは目の前に迫る矢を、ギリギリのところで手にした剣で軌道を変えた。矢は、魔人の死角になる太股に突き刺さった。
「ぐぁー!」
 魔人の足を抉り取り、矢は空へと消えていった。フレアスの足を掴んだ手が緩むと、フレアスは魔人の顔に向かって剣を振った。魔人はなんとかそれを避けると、魔人から逃れたフレアスが目の前で剣を構えていた。
「その足では戦えまい」
 フレアスが魔人に向かって剣を突き出した。魔人は一度深く呼吸すると、その足を右手で跳ね飛ばした。
「なに!?」
 フレアスは、魔人の行動を疑った。躊躇することなく自分の足を打ち落としたのだった。フレアスがそれを見ていた僅かな隙に、魔人はフレアスの背後に回りこみ、背中を蹴り飛ばした。そして、体に魔法力を纏い、ニーナの背後へと回り込んだ。
「えっ……」
 魔人は魔法力を使い、推進力を爆発的に上げたのだった。
「お前へのプレゼントだ」
 魔人は、右腕に込めた強大な魔法力を、ニーナの背中から一気に押し入れた。
「あ……」
 ニーナの脳内に、魔法力が一気に流れ込んだ。その様子を見ていたセーラスは、地面からゆっくり立ち上がろうとしていた。しかし、既に体に力が入らず、地面に押しつぶれた。
「貴様もそこで見ているがいい。破壊の象徴ともいえる、ダークエルフの誕生を!」
 魔人はニーナの体から離れ、ゆっくりと宙へと浮き上がっていった。
「ニーナ!」
 セーラスが叫んだ。しかし、ニーナの耳にはセーラスの言葉は届いていなかった。膝を折り、地面に座り込んだニーナの瞳には、本人の意思は見られなかった。
「貴様!」
 フレアスが魔人に向かって叫んだ。魔人は口元に笑みを浮かべたまま、ニーナの様子を伺っていた。
「ニーナを元に戻せ!」
 フレアスの声に、魔人はフレアスの方へと視線を移した。
「なぜそんなことをしなければならない? 貴様の仲間が、俺の部下を殺したが、それを戻してくれるのか? そんなことはできないだろ? 俺の魔法力を鍵とし、そこのエルフはダークエルフとなり、我の仲間となるんだ」
 フレアスが魔人を睨んだ時、セーラスの叫び声とニーナの苦痛の叫びが、殆ど同時に響き渡った。
「う……くっ……うが……あ……あぁー……!!」
「ニーナさぁーん!」
 ニーナの体に異変が起こった。先程までなにもなかったはずのニーナが、突然胸を押さえて苦しみだしたのだ。
「ニーナ!」
 フレアスがニーナに向かって走り出した。
「無駄だ……」
 魔人が小さく呟いた。フレアスは、魔人の言葉を聞くこともなく、ニーナに向かっていた。そして、魔人は右手に魔法力をゆっくりと込めていった。
「だが……邪魔をされると嫌なんでな。消えてもらうぞ!」
 魔人は、右手に込めた魔法力をフレアスに向かって放った。フレアスの背後から魔法力の球が迫っていた。
「くっ……」
 魔法力の球とフレアスの間に、傷を負ったセーラスが割って入った。セーラスは、剣を盾に魔法力の球を受け止めた。
「うわっ……」
 魔法力の球を押し返すだけの力がセーラスにはなかった。セーラスの体が、後方へと飛んだ。振り返ったフレアスが、セーラスを見て叫んだ。
「セーラス!」
 セーラスは、ゆっくりと剣を支えに立ち上がった。
「ニーナさんを……」
 肩の傷口から、血が流れていたが、セーラスは傷口を気にすることなく魔人を睨んでいた。フレアスは、セーラスの方へ近づくことなく、ニーナの方へと向かって行った。
「ニーナ!」
 フレアスが苦しむニーナの体を掴んだ。ニーナはそんなフレアスの手を振り切り、近くに立つ木に向かってよろよろと近づいた。そしてその木にもたれた。肩で息をしているニーナの額には、大量の汗が浮き出ていた。
「はぁはぁはぁ……」
 ニーナは、全身を激痛が走り、頭の中もはっきりとしていなかった。自分を掴んだのがフレアスだという認識も出来ないほどに、混乱した頭の中でもがいていた。
「……ち……近づく……な……」
 ニーナは、苦痛の中ただ一言だけを口にした。
「ニーナ……」
 フレアスに言ったわけではないことは、ニーナの様子を見ていたフレアスにもわかっていた。苦痛に歪むその表情が、ニーナの体に起こっている苦痛の苦しさを物語っていた。そして、再度ニーナが苦痛の叫びをあげた。
「ぐ……あぁ……あぁああ……」
 全身の苦痛が更に増し、ニーナはその場に膝をついた。両腕を抱きかかえ、その苦痛に必死に耐えていた。体の中から突き上げる衝動……古の呪縛である破壊の衝動。誰にもどうすることもできないことは、フレアスにはわかっていた。
「ニーナ……呪縛になんて負けるな! お前はダークエルフになんてならないんだろ!」
 フレアスが必死に叫んだ。
「いくら貴様が叫んだところで、エルフの宿命に逆らうことはできん。そいつはまもなく……破壊だけを考える闇の一人となるのだ。誰にも……その運命を変えることはできん!」
 魔人がフレアスに向かって言った。
「そんなことは……そんなことはない! ニーナは、そんな弱い心の持ち主じゃない!」
 口を開いたのはセーラスだった。
「根拠でもあるのか?」
 魔人が言った。セーラスは口を開かなかった。
「口先だけなら誰にでも言うことはできる。未だかつて、変貌したダークエルフは皆、破壊の衝動を抑えられず、数多くの人間やエルフを殺していった。ダークエルフになった者は、死んで初めてその呪縛から解き放たれるのだ」
 魔人の台詞に、フレアスとセーラスは口を開くことは出来なかった。横目でニーナを見たフレアスは、膝をつき顔を地面に押し付けて苦しむニーナの姿を見た。
「お前を……お前を倒してニーナを助ける!」
 セーラスが剣の柄を持ち、頭上で一回転させると、正面……魔人に向かって構えた。
「その傷でなにができる?」
 魔人の言葉は、セーラスの耳に届いていなかった。フレアスはセーラスの傷を心配したが、魔人を倒せばニーナを助けられるのではないかと、希望を持っていた。
「フレアス兄さん。あいつの足を止めて……」
 セーラスが小さく呟いた。
「お前……なにか対抗する手段があるのか?」
 フレアスも小声で聞いた。
「あいつに抵抗できるかわからないけど……」
 セーラスが言った。フレアスは、今はセーラスの言葉を信じるしかなかった。
「いくぞ!」
 フレアスが剣を握りしめ、魔人に向かっていった。魔人はセーラスを気にすることなく、フレアスに向かって剣を構えた。


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