第二十話 龍騎士族に隠された使命
 
 ジャスティの体が壁に宙吊りになった。剣の刺さった傷口が、ジャスティの体重に耐え切れずに裂けていく。
「フレアスさん! ジャスティさんを助けないと!」
 ニーナが叫んだ。フレアスはわかっていても、シモーネイルスの視線から目を背けることができなかった。
「ニーナ……お前はここから離れろ……」
 フレアスの額に冷たい汗が流れていた。
「お前にはわかっているようだな? だが俺はこの場所から誰一人逃がすつもりはない。背を向けるならば容赦なく攻撃をするぞ」
 シモーネイルスの言葉が、フレアスの心に突き刺さった。
「くそっ!」
 フレアスが小さく吐き捨てた。そんなフレアスの顔を見ていたニーナが、フレアスに向かって言った。
「私は逃げるつもりはないわ。お姉ちゃんと行動を共にした時から、戦いに身を置くことを覚悟してきているんだから」
 ニーナはそういうと、シモーネイルスに向かって叫んだ。
「この地から手を引き、素直に魔界へ戻ってくれないかしら?」
 ニーナの言葉にフレアスは唖然とした。
「お……おい! そんな説得が通じる相手じゃないことくらい、見てわかるだろう!?」
 フレアスの言っていることは理解していた。ニーナはフレアスの言葉に返事をすることなく、シモーネイルスの顔を見つめていた。シモーネイルスも、ニーナを顔から視線を逸らすことなく、その目を睨んでいた。
『フレアス……お前も下がっていろ』
 自ら剣を引き抜き、流れる血と共にその剣を投げ捨てると、ジャスティがフレアスの前に立ち塞がった。
「無理するな! そんな体で一人戦える相手じゃないだろうが!」
 フレアスがジャスティの肩を掴んで言った。
「それに……俺は聞きたいことがあるんだ」
 フレアスの口調が静かになった。ジャスティはシモーネイルスから視線を背けずに聞いた。
『なにが知りたい……』
 ジャスティがフレアスに言うと、フレアスは小さな声でジャスティに言った。
「龍騎士族が守っていた秘宝についてだ」
 フレアスの言葉に、ジャスティの目が僅かに動いた。
『それを知ってどうする?』
「奴らが、それを求めて龍騎士族の最期の地を荒らしたんだ」
 ジャスティの表情が徐々に怒りへと変わっていくのを、フレアスは背後から感じていた。
『やつらの狙いはそれだったのか!』
 ジャスティがゆっくりと前に歩んだ。そして数歩歩いた先に落ちたドラゴンスレイヤーを手にすると、ジャスティはシモーネイルスの顔に視線を移し、手にした剣をシモーネイルスへ向けた。
『貴様達の狙いは、我らが守りし秘法……破玉だったのか』
 ジャスティの目に怒りが満ちた。シモーネイルスは、ジャスティの言葉を聞いても顔色ひとつ変えなかった。
『貴様達は、我らの聖地……龍騎士族の滅びの地を汚したのだな!』
 ジャスティはそういうと、シモーネイルスに向かっていった。ジャスティが剣で斬りかかると、シモーネイルスはそれを受け止め、ジャスティの目を見つめながら口を開いた。
「それは魔界の総意だ。だが、我はそれに関してはいない」
 シモーネイルスが言うと、ジャスティが声を上げて叫んだ。
『ならば、なぜこの地に貴様がいる! 関係ないならば、この地に来ること自体がおかしいではないか!』
 ジャスティが剣に力を込めると、シモーネイルスもその剣を力で押し返した。
「我は、我の意に従ってこの地に来た。以前の戦いで、遣り残したことをやりに来ただけだ」
 シモーネイルスはそういうと、ジャスティの剣を跳ね返し後方へと間合いを取った。
『遣り残したことだと……?』
 ジャスティはシモーネイルスに剣を向けたまま、その答えを待っていた。
「そうだ。我は、以前戦ったあの男と女との再戦の為に来たまで……。それと……ついでに元闇の盟主へ挨拶しに……」
 シモーネイルスは、自らの剣を構えることなく、ただ淡々と話していた。
『お前は、ライハートとレオノーラ……それとダラスに会いに来ただけだというのか?』
 シモーネイルスは頷きもせず、ただその場に立っているだけだった。
「それを信じろというのか!」
 後方からフレアスが叫んだ。
「信じる信じないはお前達の勝手だ。俺はこの世界を手に入れるとか言う、そんな考えはどうでもいい」
『ならば、お前が城の前の魔獣達を引き上げさせろ。そうすれば、お前の言うことを信じてやろう』
 ジャスティの言葉にシモーネイルスは首を横に振った。
「それはできぬ」
 シモーネイルスの言葉に、ジャスティの眉がピクリと動いた。
「あの軍は我の管轄する軍ではないので、できない……いや、聞かないだろうからな」
 シモーネイルスの言葉に、ジャスティは目を閉じた。そして、剣を下げるとシモーネイルスに言った。
『わかった。ではこちらからひとつ言っておこう』
 ジャスティが目を開けると、シモーネイルスに向かって視線を向けた。
『ライハートは今いない。お前達の仲間が連れて行ったのではないのか?』
 ジャスティの言葉に、シモーネイルスの目つきが変わった。
「ジャスティ! なんでそんなことをこいつに!」
 フレアスの言葉に答えることなく、ジャスティはシモーネイルスを見つめていた。
「……そうか。そういうことか……」
 シモーネイルスは、一人で納得したかのようにジャスティに背を向けた。そして一言口にした。
「ダラスとあの女は……?」
 ジャスティは、それがレオノーラの事だと気づいた。
『無事だ』
 ジャスティが答えると、シモーネイルスは口元を緩めた。
「ならば二人に伝えろ。お前達の探している男は、間違いなくあの最後の戦地……異空間にいるとな」
 そう言ってシモーネイルスはその場から姿を消した。
 
「最後の仕上げだ!」
 シエンが全軍に向かって叫んだ。セーラスによって滅ぼされたアラカエルを失った魔獣軍団は、統率に欠け、ただの動物の群れと同じように、ただ前に向かってくるだけだった。
「俺達もいくぞ!!」
 リョウヤの声を合図に、疲労の限界にあったリョウヤ隊も、再度力を取り戻した。
「いくぞー!」
 ライハーン軍が合図と共に前進して行った。シエンとリョウヤ、それに各隊の連携により僅か数時間で魔獣達は討ち滅ぼされた。
「我らの勝利だ!」
 前ライハーン軍隊長ソウマの声に、ライハーン軍は勝利の雄叫びを叫んだ。
 
「ジャスティ、教えてくれ。龍騎士族の守っていたモノとは何だ?」
 フレアスがジャスティに近づいて聞いた。ジャスティは、近くにあった瓦礫に腰を下ろし、ゆっくりとフレアスに顔を向けた。
『お前は……それをなぜ知っている?』
 ある程度予想はしていたが、ジャスティはフレアスの口から聞きたかった。フレアスもそれを察しているかのように、ジャスティに向かって言った。
「親父から僅かに聞いたことがあった」
『やはりアルニか……』
 ジャスティはゆっくりと瞳を閉じ、そのまま天井を見上げるように顔を上げると、龍騎士族の使命について話始めた。
『我ら龍騎士族は、同じドラゴン族の中でも特別な一族だった。そして、我らが生まれる前……どこからともなく現れた謎の男が、我らの祖先である龍騎士族の族長にあるモノを差し出した。そして族長は、そのモノを決して魔族に奪われてはならぬと言われ、それを守り続けていた。謎の男はしばらく龍騎士族と共に行動していたが、いつの間にか居なくなっていたということだ。その後も、龍騎士族は、その男から授かったモノを守り続けるという別の使命を受けたのだ』
 ジャスティは一度そこで言葉を止めた。フレアスは、ジャスティの言葉の続きが知りたかった。しばらく沈黙が続くと、ジャスティが再度口を開き、フレアスの望む答えへの確信を話し始めた。
『それから数百年という歳月が過ぎ、龍騎士族の中でその事実を知る者は殆どいなくなった。それは、語り継ぐべきではないという判断を、昔の族長が考えたからだった。その事実は、年月が過ぎ……我らの知る龍騎士族の時代には、既にその事実を知る者は、龍騎士族の族長と、その両腕とも言うべき、アルニとワシ……それにレオノンランだけになっていた。古から守るべきモノ……秘宝という名のついた邪悪なる封魔剣……『ダースブレイド』。この世にあって、この世から消すことが出来ない魔剣だ。』
 ジャスティの言葉に、フレアスは息を呑んだ。
「その剣は……今もあるのか?」
 フレアスの言葉に、ジャスティは軽く頷いた。
『先程言ったように、ダースブレイドは決して消すことのできない剣であり、魔界の者に渡してはならない物だ』
 ジャスティの言葉を聞いたフレアスが、首を傾げて言った。
「そんなに力のある剣なのか? それとも魔界の者が使うと破壊力が上がるということか?」
 フレアスの言葉に、ジャスティは首を振って答えた。
『あの剣は、魔界と地上界を完全に繋ぐ代物だからだ』
 

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