阿部高大(こうだい)のブログ

阿部高大(こうだい)のブログ

2014年3月18日!名城大学経営学部卒業。
人に夢を与え、感謝され、自分のことを自分で誇れる人間になる!!
★毎日挑戦★夢叶うまで挑戦!

僕という人間の成り上がりストーリー。

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上海の28日間のプログラムが人生の転機だったとは思うひらめき電球

みんなで案を出し合って
何度も何度も練習したプレゼンテーションや

向こうで学んだ中国語を生かすための観光。
言葉がなかなか通じなかったけど
言いたいことが伝わっただけでも当時の僕はワクワクした!ニコニコ









プログラムの最終日、東日本大震災が起きた次の日、

「もう一度上海に戻って来る」って
それまでの人生で初めて自分で決断したことでした。

色んな経験がしたいって思ったし
その時は就職活動をする前にやりたいことを見つけたいと思った。
何よりせっかくのチャンスを掴みたいと。

僕は成功すべき人間なんだと、根拠のない自信だけが僕を動かしたw

言っておかないと口だけで戻って来ない気がしたから、
オラオラな経営者さんに言いましたビックリマーク

言った以上は戻って来ないと二度と合わせる顔が無いから。

10代最後の日のことです。

…あれから3年間ひらめき電球


4か月間に渡る壮絶なバイト生活、
苦しみ続けた10ヵ月間の留学生活、
2週間の家が無い時期も
完全歩合の営業を始めてからのことも。

得るものがあった分、失ったものもあります。

みんなが卒業した後、一人で大学に通ってる時
自分がやってきたことが正しかったのか
何度も自分自身に問いました。
営業で成果が上がらずお金が無くて
サラリーマンはいいな、なんて思ったこともあります。


何度も逃げようとしたけど、逃げたかったけど
一番辛い道を進むのが
一番成功の近道なんだとは思ってやってきました。

というか僕には逃げ場が無かった。
逃げてもその先は何となく分かったし、
それに僕の周りには大好きで尊敬すべく人がいてくれたから。


僕もまだまだだけど、ふと足を止めて冷静に振り返った時に
自分のことを誇れる経験ってたくさんあるんだなって思った。


ここから20歳になってからの話です。
リョーマさんとの出会いひらめき電球

日本で全く接点無かったのに
まさかこんなに長い付き合いになるなんて
上海で出会ったあの時は全く思わなかったです。

今から3年3か月前の上海でのこと。

書くと長くなるから省略するけど、
ちゃんと話したのは一緒に乗ったタクシーでの
20~30分だけでしたひらめき電球

大学を休学して上海に来た経緯とか
これまでの大学生活がどうだったかとか
色々聞いた気がするけど、何にも覚えていないニコニコ

とりあえずあの時から、うるさかった。




リョーマさんと最初に出会った頃の飲み会の写真。
お酒は弱いのに飲みたがりだったリョーマさん…。


あのタクシーで話した20~30分で
僕も留学することを決めた。
理由は、とにかく楽しそうだったから。

中国語が話せるようになりたいの?とか
留学が就活に有利だから?とか
色々後から言われたけどそんなことはどうでもよかった。

当時からリョーマさんっていう
人に惹かれていたんだと思う。

人としてこうなりたいって憧れがあった。
周りにたくさん人が集まってきて
みんなを引っ張っていこうとする部分にも
冷静に物事を判断出来る部分も
今も変わっていないし僕の目標だったし
負けたくないって気持ちがあった。


その半年後から、上海での留学生活を共にし
日本に帰ってからも一緒に
栄に住み始めてからもうすぐ2年になるひらめき電球


リョーマさんに出会わなければ
今頃、平凡で退屈な毎日を過ごしていたとは思う。

行動したら人生変わるって言うが、それは間違いない。

住む場所を変えるか
付き合う人を変えるか
時間配分を変えるか。

そんなことを言ってた人がいたけど、
変わろうと思ったら環境を変えるのが一番早いとは思うにひひ


感謝しても感謝しきれないくらい
リョーマさんには助けてもらったし一緒にいてくれた。

僕がこの3年間、色んな経験が出来たのは
そういうリョーマさんとの出会いがあって
言葉も分からない中国という国に飛び込み、
完全歩合の営業という世界にも挑戦出来たから。

何度も泣かされたし、バカなこともした。

ケータイの画像もフェイスブックの投稿も
リョーマさんばっかりで
巷ではゲイとか言われたこともあったけど。笑

これからも宜しくお願いします(≡^∇^≡)
話は戻って、
1ヶ月間を上海で過ごすプログラムは
向こうで起業されてる方から
セミナーを受けたり中国語を学んだり
上海を観光をしたりニコニコ

セミナーではスピーチレッスンとか
プレゼンテーションとか
自己紹介とかするんですけど
思いのほか緊張して上手く話せませんでした。。。





今思えば、人前で話すなんて苦手中の苦手だった…。


中学校の時に生徒会に立候補した時も
テレビ演説とか全校生徒の前で話したりってあったんですけど
緊張して何言ってるか分からなかった…。

高校の時も最後の試合、
自分でも怖いくらい緊張してた。
足とかブルブル震えてた。

そういう自分が嫌いだったし、でも変えたいと思ったし
少なくとも自分に自信が持てるようになりたいとは思った。


失敗ばかり。笑われてばっか。
自信を付けたいのに逆に自信を喪失してばかり。
人前で話すとか嫌だったし、怖かった。
上手く話せない、言いたいことが伝えられないのが情けなかった。





3年後の2月に自分でセミナーを開くわけですが
あの時の自分では全く考えられなかった。
変わろうって本気で思ったら変われるんだと思う。

それも今となっては周りの環境のおかげだと思うし
毎日の地道な積み重ねとかがあったからだとは思う。
結局要は自分が飛び込むか飛びこまないかだけ。
チャンスなんて待ってても一生こないし。


話は逸れたけど、そのプログラムも中盤に差し掛かってきた頃、
今の同居人のリョーマさんと出会います。

あれで僕の今があるし、リョーマさんと会わなかったら
今頃平凡な毎日を過ごしていたと思う。

今日は上海の話じゃなくて、
個人的にブログを書きます。
毎回個人的な内容ではあるけど。笑

僕にとって5月13日は一つの記念日でした。
毎年この日に思うことは沢山あります。



3年前、20歳の頃に加藤さんと出会いました。
オーラというか雰囲気というか
当時25歳の加藤さんに惹かれました。
5年後こうなってたいって思いました。

あの時と今とで変わったものもあれば
変わらない純粋な気持ちもある。

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チャンスだと思ったら3秒で飛び込んでいた。
失敗が怖い奴が成功出来る訳ないと。
行動しない奴が成功出来る訳ない。
チャンスをチャンスだと思わない奴は論外だ。
リスクが怖いなら現状を変えたいとか
社会に対しての不満とか言うなと。

覚悟が怖いというのであれば高望みはしない方がいい。
普通の人生を生きてる方がよっぽど賢い。
リスクを負ってでも成り上がりたいか。
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あの時はこんなことを思っていたし、
僕が本当に伝えたいことはこういうこと。

一旦立ち止まってみるのも案外悪くない。

好きなものは好きだし
不器用なりにも大事なものがある。

真っ直ぐに生きよう。
素直に生きよう。
自分の信じた道を歩もう。


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主人公の狼は寒さも厳しくやせ衰え今にも倒れそう。
腹を空かせたその狼が一匹の犬と出会う。

犬は言った。

「俺について来れば暖かいねぐらもあるし、美味い餌も食える」

しばらくついて行って狼は犬の首輪に気が付いた。

「その首輪はなんだ??」

「これをつけているだけで人間が上手い餌を食べさせてくれる」

これを聞いた狼は来た道を歩いて帰って行った。
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あと2年。まだまだこれから!

純さん、誕生日おめでとうございます!!
大学2年の終わり頃、2011年2月12日~3月12日ひらめき電球

10代最後の28日間を、生まれて初めての海外で過ごします。





上海で起業されてる方から
ビジネスセミナーや中国語講座を受け、
上海を観光するというプログラム!!

ビジネスセミナーでは
スピーチレッスンやプレゼンテーションをしたり、
向こうの会社で働かれてる方のお話を聞いたり
レバレッジシンキングって考え方を学んだり。

中国語講座と観光は名前の通りあせる

一つ言えるのは、この28日間で僕の人生はガラッと変わりました。
今まで生きてきた世界とはかけ離れていたし
とてつもない未来を僕に見せてくれました。


そのプログラムを開いている経営者の方に
初めて会った時の衝撃は今でも忘れられないです。
最初のセミナーは4時間くらいあったと思うんですけど、



話し方も雰囲気も思考もオーラも
こんな人がいるのかと思ったし、

なにより、クソクソ怖かった叫び


プログラム初日、そのセミナーの後に
食事会を開いて頂いた時に隣の席で二つのことを言われたひらめき電球



「資格は人に遣われる為に取るもの、
泥棒が盗めないものは知識と経験だと。」

あの時の気持ちとか感覚を上手く言葉では説明できないけど、
こんな人になりたいと思ったし
こんな経営者になりたいと、心から思った。

そうすれば、単純にどんなに楽しいのだろうかと。

それまでの常識だったり価値観だったり
自分がやってきたこと、これからやろうとしてること
その全てがぶっ壊れたような感覚だった。

その人への憧れと共に28日間のプログラムが始まったひらめき電球