阿部高大(こうだい)のブログ -2ページ目

阿部高大(こうだい)のブログ

2014年3月18日!名城大学経営学部卒業。
人に夢を与え、感謝され、自分のことを自分で誇れる人間になる!!
★毎日挑戦★夢叶うまで挑戦!

僕という人間の成り上がりストーリー。

上海のプログラムに行く前のことですけど、
思うことは色々ありましたひらめき電球

貯金が40万円あったけど、
航空券と向こうでの生活費、それに
パスポートを取ったりキャリーケースを買ったりで
20歳になった時に貯金は3,000円まで減ったあせる

大学生の2月って春休みじゃないですか。
スノボーとか旅行とか普通に羨ましかったです。
今まで大事にしてたものを捨てるようだった。

最初は怖かったけど、それでも次第に
新しい道で何か挑戦したいとは思った。
何か始めるのには何か捨てなきゃいけないのだと、その時分かった。


このまま大学生活を続けたとして
やりたいことも見つからないまま、
翌年から就職活動を始めて卒業して40年働くとして。

仕事をお金の為、生きる為と割り切り
やりたいことをガマンして普通が一番だと言うようになり
嫌いな上司からガミガミ言われ続け、
後輩にもガミガミいうような人間になる気がした。


結婚をして家を買い、車を買い、子供が出来て
余計にお金が必要になって
どうしようもないから仕事を頑張ったり
転職して収入のいい会社を探すと思うんですけど
バイトの社員の人達を見てきて

よほどの大手じゃない限りは収入も
そんなに変わらないんだと当時なんとなく思いました。

いい車に乗ってたり、
高級住宅街と呼ばれる場所に住んでる人は
一体何の仕事をしているのか…。


別にそういうのに憧れたとか
普通に働くのが悪いとかじゃなくて

ただ当時の僕でもこのまま流されに流されて
行きつく先は何となく分かったし、
どうにかせめて、生き方だけは
自分で決められる人生がいいなとは思っていました。

でも、何したらいいか分からないしガーン



上海での28日間が、そういうきっかけになればなとは思いました。
大学2年の11月。

僕の予定では簿記検定に受かって
証券外務員、FP、そして宅建。
そういう流れが見えていたひらめき電球

19歳の僕の未来は明るかったニコニコ


ただ、簿記の検定の2,3日前に、
大学で企業講座って授業があって
(社長さんとかが話す講義なんですけど)



その時になんとなく”しゃちょう”ってカッコいいな、とは思った。

好きなことを仕事にするって楽しいだろうなって。


で、たまたまだけど企業講座が終わった時に
仲良かった友達の友達から

「一か月15万円で日本から10人上海!?

そんな、ちょっとだけ
怪しいプログラムを紹介された!!

聞いたのはそれだけ得意げ


海外?

そんなもの興味ない。金髪白人のお姉さんにも興味無かった。

15万円?

普通に高い。自己投資の意識など無かった。

中国?

そもそも行きたくない。


当時は本当、そんな感覚だったし
それでも、一つだけピンときたことがあって
期間が2月12日~3月12日だったんです。。。

当時、貯金は40万円くらいあったこともあるけど、
僕の誕生日が3月13日だから

10代最後の一か月…ビックリマーク

そこにだけ、少し興味は持った。

これといって何もしてこなかった大学生活。
なんとなくだけど、運命だと思ったし人生の転機なのかなとは思った。


それに、せっかく誘ってくれたから
「簿記の検定に落ちたら行くよ」
って伝えたんですけど

(検定に絶対受かるって思ってたから)



普通に落ちました叫び叫び叫び!笑笑



当時は全く笑えず、
気が狂うまでお酒を飲みました。
吐きまくりました。

独学だったけど、過去問とか解きまくってて絶対受かると思ってたから。

僕の受けた回は傾倒が変わってて異常に合格率が低かった。

今思うと、落ちてよかったとは思う。

当時、検定に落ちたから1か月間上海に、というのは確かにあるけど
見たことのない世界に挑戦してみようとは思いました。

ここで腐るんじゃなくて、また一歩を踏み出そうと。


15万円を振り込んだ後に
プログラムの参加費が15万円で、
航空券とか生活費は別だということを知った19歳の僕…。


ただ、ここから僕の人生は180度変わりましたww
なんとなく過ごしていた大学1,2年ですが単位はフルフルだったんです。
高校で奇跡の0点を取った僕が。

理由があるとすればただ、漠然と親孝行したいというのがあって。

あと、資格の勉強もしていました。

【就職活動】って言葉を聞くたびに
大手に入りたいというのはありました。

大手=すごい人。
すごい人=親孝行。

当時は凄い人=親孝行だと思っていました。

その為に資格を取る。
資格を取れれば大手に入れる。

そんな簡単なロジックで。



大手=響きがいいとか給料が良さそう、
周りから凄いと思われるとかそんな理由。

それで、一応経営学部だったこともあり
たまたま勉強してたのが、簿記だったんですね!!



簿記ですよ!!

勃起じゃないですよ!!


大学2年の11月。


人生の転機になることがありました。
大学の単位は順調でした。
1,2年で単位は一つも落としませんでした。

大学1年が終わる頃に友達が増えて
野球チームを作って野球場をかりて試合したり




イケメン達とNoSmokingって名前のチームで
フットサルをしたりヽ(^o^)丿
(みんな喫煙者で、何が禁煙者やねん♡って感じですけどw)


バイト先のラーメン屋の店長と戦いながら
それなりに大学生活を楽しんでいました。


ただ当時は、授業が相当つまらなかったです。



これを学んで何になるのか。
この授業は先生の趣味じゃないのか。
授業もギャル男みたいなやつがうるさいし、
寝てる奴ばっかりだし。

今となっては誰かとか何かのせいにしても
しょうがないなっては思うんですけど
当時は思うことがたくさんありました。

喫煙所で90分過ごした授業。
出席ピーして帰ってウイイレをしてた授業。


大学に行く意味も次第に分からくなっていました。


大学2年の夏にHちゃんにフラれ
心の傷も癒えないまま

なんとなく大学に行き、
店長と喧嘩しながらバイトをし、
エッチな動画を見て寝る。

そんな生活がリアルに週4日か5日。笑


このままの大学生活を送った先の何年か先が
当時の自分でも何となく見えました。

何にも燃えることが無いまま
無気力人間のまま終わる気がした。


やりたいことを見つけたいのにちっとも見つからない。

そんなかんだで、大学2年も秋になった…。
いや、ラーメン屋の話はいい。

書くと長くなるひらめき電球


大学1年の夏頃から
週6で6時間ラーメン屋で働いたので
月に12万円くらいバイト代がありました。

当時は奨学金もあったので
バイト代を服に注ぎ込んでいました!

西館の6階のhiromichiの服は好きだったし、



週に一度地下鉄に乗って栄に行くのが
大学一年生の唯一の楽しみでした得意げ


オシャレをしたらモテると思っていたけど
別にそんなことは全く無かった!笑


でも、少しは自分に自信が持てて
友達が増えたような気はしたひらめき電球


いや実際に増えて、それまで関わらなかった人が
家に遊びに来てくれて朝までウイイレをしたり飲んだり
それなりに大学生活を楽しんでいましたニコニコ



ただ、大学一年が終わる頃、
バイトも飽き始めて
何のために大学に入ったのかを
少しづつ考えるようになりました。