本日、34歳になりました。
自分にとってこの歳は少し大事な歳なので、書き残しておきたいと思います。
俺が小5の時にパパは34歳でこの世を去りました。
大人達は『早い、早すぎる』と嘆いていたけど、俺は全然早いとは思わなかった。お通夜に来た人達は不思議に思ったんじゃないかな?じいちゃんばあちゃんや親戚は泣いてるのに、兄弟は1粒も涙を流していなかったから。
だって悲しくなかったんだもん。
友達の家も友達と遊ぶことも許されず、『パン買ってくるけど何がいい?』ってママに言われたのが最後で、それからママは家に帰ってくることはなかった。
それから毎日暴力の矛先は子供達へ、いわゆる虐待だ、周りの大人は助けてくれなかったから必死に耐えるしかなかった。
何度も【殺される】って思った。
だけどね、今は感謝してるんだ。
あの過去があるから人の痛みを小さい時からわかって、学生の時もそうだけど今も、沢山の人達が相談してくれる。
本当にいなくなった時、めちゃくちゃママを恨んでたから葬式の時に現れたママに俺は『なんで俺達を置いてったんだよ!どんだけ辛かったからわかってるのか!』とキレ散らかした俺にママは泣きながら『ごめんね、ごめんね、全員連れていきたかったんだけど親権はパパにあってママが連れて行けるのは1人だったの、、だから1人をつれていくより全員置いていく道を選んでしまった。』そんなことがあるなんて子供だし知らなかった。
今では仲良しであの時の空白の時間を埋めているところだ。
でもね、大人になってくるとある事に気がついた。
本当にパパが悪いのかって。
じいちゃんは社長で子供7人授かった。
4人目にパパ。はじめての男の子。じいちゃんもばあちゃんもめちゃくちゃ喜んだって聞いた。
ゴルフがやりたいって言ったらゴルフをやらせ、ギターがやりたいっていったら高いギターを与え、お金が無くなったら『お金!』って言えば出てくる。
もう想像はつくよね。
そんなんずるいよ。
大好きなじいちゃんばあちゃん。
環境が人をつくる。
俺はその日から恨むのをやめました。
そして
パパの死で【人生1度きり】と知った時に社会人1年目の途中で安定職を飛び出し東京へ。
《あがり症》、《赤面症》、《人見知り》、《人付き合いが全くできない》、《挨拶もできない》、そんな男が役者という1番、自分とかけ離れてる世界へ飛び込んだ。
『お前には無理だ』『初任給27万なんてこのご時世にラッキーなんだよ?』『すぐ諦めて帰ってくるはず』そんな事を言われてきたけど、そんな男も芸能活動13年目です。
最後にあなたに教えていただいた【人生1度きり】今の道を選んだ自分に一切後悔はないから本当にありがとうね。 パパ。
滝川 広大