写真の応援団 -3ページ目

小さな活動報告…

さてさて、ブログなるものを始めたのはいいが更新がのんびりとしたペースなので毎日頻繁に更新している人達は私にしてみたら神の領域です(笑)

世間では街頭での震災の支援活動も姿を潜めて、テレビでは原発での風評被害が連日報道されています。
先月も自分に出来る事、まだまだ役に立っているとは言えないが後々の為の行動はそれなりにやってきました。
たくさんの人達に出会い賛同していただくことができ、新しい出会いが増えました。
これって大切ですよね。

古くからの友人達は知っている事ですが、震災前の過去10年間は子持ちの借金の返済や子育てに追われて自分の時間や行動を犠牲にし協力してきましたが、子供が成長し大学に入学したとたんに切られて無一文で独り身にさせられてしまいました。
精神的なショックから立ち直るのに2年の時間を費やし、さぁこれから心機一転と生活にはずみが付き出した矢先に震災が…。

もう自分の悩みなんか吹っ飛んで、故郷を助けたい家族を友人を守りたいと気持ちだけが自分の容量を遥かに超えて大きくなっていきました。
でも自分にできることなんてほんの一握りの事しか出来ないんです…。
それでもこの気持ちだけは消してはいけないと考えるより先に無意識に行動に出ていました。
それが今の自分に出来る事、今の支援活動なのです…。
今はまだ模索しながら支援の土台作りに時間を費やしています。
時間はかかりますが、しっかりと支援活動を伝えられる様にやっていきますので長い目で見守っていただけるとありがたいです。


支援活動を偽善行為と言われる方もいますが、何もしないよりは行動をアクションを起こす事、何かをしようとする気持ちが大切なんです。
自分に出来なくても気持ちが伝われば、他の誰かが行動する事で少しでも震災で困っている方達の力になれればいいんです。
この短い期間の間に多くの方々と知り合う事ができました、怪しさ120%の私の話を聞いてご協力していただけた事を心から感謝しています。

2ヶ月ぶり

あの震災から3ヶ月が過ぎた…
気がつくと日記の更新も2ヶ月ぶりとなった。

この3ヶ月は色々なことがありました。
震災当初から故郷の福島県が津波・地震・原発の三重苦で大変なことになっていました。
連絡は中々繋がらない…政府の行動は後手後手とまわり…マスメディアは不安を煽る報道が多かった。
路上ではたくさんの方々の募金活動が見受けられていました、しかし自分が出来る募金にも限度があります。
みんなそれぞれ生活を抱えています、その中で自分が出来ることはないだろうかと考え続け、震災から一週間後にはカメラをもって走り回っている自分がいました。
元々、考えるだけ考えて行動しないパターンの自分でしたが気持ちで考えるより体での行動が先に出ていました。

自分は仕事柄、カメラ撮影などをしていたので写真での応援ができないだろうかと考え「やろう!」と決めた翌日に応援ポスターと応援横断幕を作成し、その夜たまたまミクシーで友人が「これからチャリティーカラオケに遊びに行きます」というつぶやきを見てすぐに電話をして自分も飛び込みで参加をさせてもらったのが始まりです。
(チャリティーカラオケとは普通に皆でカラオケをするのですがお店の方のご好意で売り上げの一部を義援金として送ろうといいう趣旨のものです)
突然の参加にも快く話を聞いて賛同していただきここで初めて後姿の撮影がスタートしました。
募金活動などした経験も無く右も左もわからない私に色々なアドバイスをいただき、今も相談にのっていただいているマスターには心から感謝しています。

それからの1ヶ月、休日はがむしゃらに路上での応援写真の撮影が全てで、見ず知らずの人達に声をかけ趣旨を説明をして撮影をする毎日でした。
実際のところ、訳の分からない怪しいやつが話しかけて来て写真を撮らせて下さいと来たら間違いなくアウトですよね、客観的に見たら自分はそう思いましたもの(笑)
それでも子供からお年寄りまで様々な年代の方々に賛同してもらうことができました。
友人達にも協力してもらい、路上から次はどこかの会場などと人の集まる場所へ顔を出す様になりました。
色々と行動するうちに知り合いが増えていき、今までの自分なら間違いなく行かないであろう会場まで足を運び撮影をさせていただきました。
中にはお店に集配にきた宅配便の人に撮影させてもらったり、個展会場やライブ会場で撮影したりと色々あり写真も300名を超えました。

そして自分がしている「支援の応援写真」活動を多くの人達に説明をしています。
これだけ言いふらせば途中で逃げたりなんかしないだろうと自分自身の逃げ道を塞いでいます(笑)
支援や応援などは無理矢理にイヤイヤするものではない、率先して行動しなければ気持ちが付いて行かない。
本当は自分はいつもダラダラと過ごして、やろうと決めたことも投げ出したり自分自身に言い訳をして結局は何も出来ていないヤツなんです。
しかし何とかしたい何かをしたい気持ちは本当です、だからこそ自分自身を奮い立たせているんです。
それでも自分が上手く説明できてないこともありますが、全てが賛同されるわけも無いのも現実です。
やはり感情とは顔にでてきますね、信じていた知り合いから賛同したといいながら露骨に迷惑がられたのは辛かった。
でも人の考えや行動は色々ですからいい勉強をさせてもらったとプラス思考で思っています。
この震災の支援活動は今だけではなく、これから5年10年と長く続けて支援していくことが大切です、
だからこそ背伸びをせずに自分に出来ることを続けていこうと考えています。

でも、さすがに故郷が…家族が…知り合いが…リアルに当事者になるのを目の前にすると心から恐怖しました。
そして震災に遭った故郷の被災地にも実際に足を運んで行って来ました…。
本当にそこは戦後の焼け野原の様に津波がすべてを奪っていって何もありません、残されたのは瓦礫の山々でした…。
かろうじて残された家は骨組みだけの残しとても人が住める物ではなく、学校の校庭には校舎の高さよりも高く積み上げられた瓦礫の山…。
馬の背を分ける様に道一本を分けた向こう側は家がそっくり残っているのに反対側は家の土台しかなくなっている現状。
路上には空き缶が捨てられている感覚で横倒しになった車があり、その横を人々が当たり前の様に通り過ぎて行く…。
住所などもわからなくなっているのでおそらく目印代わりになっているであろう大きなぬいぐるみがポツンと置いてあり何とも言えない気持ちになりました。


この2ヶ月、ネットから離れてアナログ的に様々な人に会い色々と考えさせられました。
おかげさまで「すぐに何かをしなければ!」という気負いは無くなり落ち着いて物事を見ることができました。
街中からは路上での募金活動の姿はめっきり見なくなりました、想定していたこととはいえ寂しい限りです。
偽善と言われようと自己満足と言われようと何もしないで後悔するなら行動してほんのちょっとの人達の笑顔のお手伝いが出来れば…。
まだまだ活動は小さくて微力以下ですが、それでも自分に出来ることを少しずつでも前進して行こうと、諦めずに前に進んで行こうと考えています。
考えるだけなら、言葉で言うだけなら簡単です…だからこそやれることを少しでも行動していかないと。

震災応援ソング動画-第2弾!と被災地写真

東日本大震災 応援ソング第2弾ができました。
今回は震災の為に書き下ろしたオリジナルソングを
両角 優佳 morozumi yuka さんにご協力いただきました。
blog:http://morozumi.jugem.jp/




応援動画もまだ始まったばかりで右往左往していますが
応援する気持ちを伝える後姿写真の賛同者も250人を超えました。
少しずつですが形にしていって、応援の輪が広がれば幸いです。


今回のGWで被災地である故郷の福島県に帰郷できました。
そして津波の被害を受けた、いわき市の小名浜へ行くことができました。
リアルな現場はテレビの画面からでは感じ取れない恐怖を体験しました。
もし自分の両親や家族が…
もし知り合いや友人が…
もし目の前で津波に襲われたらいったい…

小さな事しか出来ないけれど、何が出来るかを改めて考えさせられました。
とりあえず自分たちは、元気に生活をして経済を回していきましょう!
その行動が多くの支援に繋がっていくはずです♪

写真の応援団
写真の応援団
写真の応援団