※妄想のお話です。
「…あれ?」
その後ろ姿には見覚えがあった。
副業としてやってる絵の仕事の画材道具を買いに行くため、大きなデパートに行って。
いつもとは違う道を通った。
携帯を家に忘れてしまってたけど、基本はあまり使わないから気にせず能天気に歩いてたんだ。
そしたら見覚えのある背中が見えて。
すぐ中島くんだ!って気付いた。
高架下に入っていったから、わっ!って脅かしちゃおうと思ってコソコソ後をつけた。
…のがいけなかった。
中島くんは携帯を耳に当てていた。
あ、電話中か、と歩みを遅めて。
けど無言で追い抜かすのもなぁって悩んでたら、話し声が聞こえちゃったんだ。
「…上田…行方不明………ったい警察よりも先に見つけ出して……許せない…死刑……。」
聞こえてきたワードに足がピタリと止まって、思わず身を隠してしまった。
ゴー、タタタン、タタタン、と轟く頭上を走る電車の音に、中島くんの電話の内容が阻まれる。
…上田?
ってあの上田くん?
行方不明…って……
警察より先に見つけ出すってことは…ま、まさか中島くんそういう系統の…?
し、死刑…って……。
そ、そんなわけないよね。
しけ…えーと…詩形…とかでしょ?
まず見た目が王子様だもん。
そっち系な人にはどうしたって見えない。
………けど、翔くんだって……
いや翔くんは関係ないよね、ていうかそもそも家業継いでないし、僕ってば何考えてんだろ。
普通に電話終わったら声掛けよう。
それで『行方不明って聞こえたけど大丈夫?』って聞けばいいんだ。
ただそれだけのことだよね?
うん、そう。絶対そう。
タタンタタン、と音が徐々に小さくなり、電車が去っていく。
よし、普通に通り掛かったふりをして…
電話中だから会釈して……
「…許せるわけない。大切な仲間が…Familyが殺されたんだから。
……どんな手を使っても絶対見つけ出して…俺がこの手で……。」
………ドクンッ。
やばい
やばいやばいやばいやばい………!
絶対今の!聞いちゃいけないやつ!!!
Familyってことは、本当の家族か…
組の仲間のことだろう。
何にしても、殺された、だなんて…!
バクバクと心臓が煩い。
心音が聞こえてしまわないかと不安になり、後ずさりする。
…と、
「姉貴!何やってんすかこんなとこで。」
とすん
とぶつかったのは
一番ここにいちゃいけない上田くん…!
「な、何でこんなとこに…」
「何か首輪した猫がいたんで、餌あげようとしたら逃げちゃって…何か犬やら猫やら撫でようとすると逃げられるんスよね、何でっすかね?」
眉間に皺を寄せて心底不思議そうに「香水かな?」と首を傾げる上田くん。
…その眼力のせいだよ!
って、それどころじゃない!!
「に、逃げて!」
「え?」
「いーから早く!!」
慌てて腕を掴んで走り出す。
「…サトちゃん…と……え……?!」
背後から驚く声が聞こえた気がしたけど、もつれる足でとにかく走った。
上田くんは何が何だかわからないといった感じだったけど、緊張感を察してくれたらしく一緒になって走ってくれた。
携帯を持ってなかったから翔くんに連絡も出来ないし、
尾けられてないか慎重になりながら上田くんを菊池組まで送り届けた。
風磨くんには中島くんが~とは言えないから…
誰かが上田くんのことを話してる声だけ聞こえたってことにしてざっくり説明した。
好きな人が…って、絶対辛いもんね。
だから真相が分かるまではなるべく組から出さないようにしてもらわないと。
…人殺し…かもしれないんだけど
証拠が揃うまでは…上田くんを信じたい。
だって、翔くんに向ける目はすごく純粋で
犬や猫を大切にする上田くんは、多分いい人だって思うから…。
そして、それは中島くんも同じこと。
毎朝優しく微笑みかけてくれてパンの匂いが好きな好青年なんだもん。
例え大きすぎる恨みがあったとしても…
きっと話せばわかってくれるはず。
オーナーを知ってる僕には
上田くんや中島くんが悪い人だなんて、そんな風には絶対思えなかったんだ。