大野が帰り、出版社や大学時代の恩師など、神楽へ繋がりそうなツテへ必死で電話して何とか約束を取りつけた。
使用人づてに簡単に今回の研究の話をしたところ、興味を持ってくれたようだ。
大野の父親は恐らくあの軽い調子で「いいね、やってみようか」と笑ってくれる気がする、と櫻井はこっそり思っている。
改めて殴り書きをした紙をペラリとめくり、笑う。
「まさか教授の講義のメモを神楽さんの本へ挟んでたとは…」
これも小春の知るところだったのだろうか。
思えば全ては『地球のため』だと言いながら、ひいては『櫻井のため』だったのではないかとすら思い始めていた。
小春にそんなことを言ったところで、「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ」と鼻で笑われてしまうのだろう、と櫻井は苦笑する。
「…一言位…礼言わせろ、ばーか…。」
櫻井がぽつりと小さく呟くも、部屋はしんとしたままだ。
大野に渡しそびれたとーふバッグも、
缶用のゴミ箱に捨てられている勝手に飲まれた缶ビールも。
『いた』という証拠だけがそこに残る。
だけど、その時代には『いない』。
部屋の広さは変わっていないのに、異様に広く感じるその空間。
「…何だよ…俺の長い夢みてぇじゃねぇか…。」
苦し気な声で櫻井は言う。
恐らく『黙っているべきこと』を大野に打ち明けたのは、それも大きな理由の一つだった。
全ては自分の夢だったのではないかと不安になってしまったから。
ソファに座るのも何となく避けてしまっているというのに。
小春の定位置には手に届くようゲーム機が置かれている。
「んーとに…しょっちゅうゲームしやがって…どんだけゲーマーなんだよ相葉くんと大将の子は…」
溜息をつき出しっぱなしにされた古いゲーム機に手に伸ばそうとして、はたと気付く。
「一番大事なものを…ひっくり返す…。」
何故突然そうだと思ったのかはわからない。
しかし彼の『一番大事なもの』は、櫻井の知る限りゲーム機だ。
ドクン、ドクンと高鳴る心臓を押え、ゲーム機を持ち上げる。
案外軽いそれをひっくり返してみると、封筒がひとつ。
翔ちゃんへ、と汚い字で書かれている。
「……っ!!!」
震える手で慌てて開くと、汚い字で手紙のようなものが記されていた。
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遅いよ。
…いや、翔ちゃんにしちゃ上出来かな?
直接言えるかわかんないから先に言わせて。
「ご苦労様、よく頑張ってくれました。」
あなたがいたからワタシは生まれた。
親みたいなモンだと思ってるよ。
話には聞いてたけど、こんなにヘタレだったとは思わなかったけどね(笑)
別れを告げずに突然消えて悪かったね。
これも神の思し召しってやつなのよ。
事情を話したら、ワタシは元の世界に帰る。
本当はその時ワタシの記憶も消される予定だったんだけど…
この置手紙を読むまで、ってことにしてもらってたの。
どう?
ワタシがいなくて寂しかったでしょう?
泣いたりしちゃった?
でもごめんね、ワタシ翔ちゃんはタイプじゃないんですよ。
実はワタシ…翔ちゃんの子を狙ってたりして。
ボケっとしてるのよ、大野智に似て。
優しいし。
だけど賢いんだよね。
そのくせ詰めが甘い。
誰かさんによく似てるよ。
安心してよ、片想いってやつだから。
まだ、ね。
よろしくね、将来のお父さん?なんつって。
ライバルがいてさ、厄介な敵と戦ってますよ。
アイツすげーモテるんだよ、勘弁してよ本当に。
ねぇ、世界を救って。
俺らの世界が変わるかはわかんないけど。
タイムパラドックス…
これについては神様は教えてくれなかった。
だから、詳しいことはワタシにはわかんない。
もしかしたら色んな世界線があって、ワタシらの世界はどうあっても変わらないかもしれない。
でもさ。
翔ちゃんの手で変えてよ。
翔ちゃんの世界は。
もし俺らの世界が何も変わらなくても、どこかの世界線が幸せなら、それでいいじゃないって思えるから。
くだらないことで笑える、退屈で平和な世界をあなたの手で作ってください。
信じてるから。
翔ちゃんとの生活、結構楽しかったよ。
ただ1つ忠告してあげる。
将来腹出るから、ビールやめときな?
遺伝子検査して知ってるくせに、自制出来てなかったよ(笑)
ワタシが飲んであげてたの、そういうことだから。
感謝してよね。
以上っ!
尚、この手紙は13秒後に爆発し、記憶も消える!
というわけで
永久アバーヨ!
二宮小春
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「…んだよそれ、ミッションインポッシブルかよ。」
ぐす、と鼻をすする。
ふざけんな、と小さく呟く。
勝手な奴だ、最後まで。
ぽたり、手紙に丸い染みが出来る。
「…忘れるかよ。」
きっと記憶は消されてしまう。
そんなことくらい櫻井は理解をしている。
それでも。
「…『未来』は必ず変える。お前らの未来も影響するくらい…絶対に…!」
櫻井は手紙を握りしめる。
「地球のため?まさか。相葉くんと大将、そしてお前と俺らの子どもの為──…!」
櫻井はぐっと立ち上がり、大きく息を吸い込む。
「絶対に!この研究を成功させてやるから覚悟しとけバカ小春!!!!!!!!」
その直後。
櫻井はばたりと倒れ、意識を失った。
翌朝起きた櫻井は、小春のことは一切覚えておらず、何故か出しっぱなしになっているゲーム機を怪訝な顔で片付けた。
「っし…。さて、やるか!神楽さんと大野さんへのプレゼン資料作んねーと…!」
櫻井の中には、ただ研究を進めなくてはという気持ちだけが残っていた。
もうソファに座ることを躊躇わなかった。