「ま、ま、ま、待って、どゆこと?二宮コハル…?って誰…??二宮…???」
櫻井は頭を抱える。
二宮だなんて知り合いが思い当たらないのだ。
未来から来たとなれば知り合いの子どもの可能性が一番高いはずだが。
「あぁ…二宮じゃわかんないよね。コハルってさ、身近に思い当たる名前、ない?」
「こは…あっ?大将の店のオリジナルカクテル…!」
合同の飲み会の時、大将が相葉の要求によって作った緑色のカクテルを思い出す櫻井。
「そう。あれがきっかけでね。…にしても名前の由来がカクテルってどうなのよ?まぁ味は気に入ってるからいいんですけど。」
「ちょ、ま、え?何?お前は一体…」
「誰の子かって?まだこの顔見てもわかんない?よく片方の親に似てるって言われるんですけどね。」
混乱する櫻井を覗き込むように神…小春が顔を見せる。
まっすぐな眉。
何もかも見通しているような瞳。
そして、顎のホクロ───。
「…大将!??!」
「せいかーい。私の親、あの店の大将…シェフなんですよ。
二宮和也。…名前は知らなかったかな?」
大将の不満げな顔を見た時、どこか見覚えがあり大将の父親と知り合いなのかと思っていた櫻井だが…
「…なるほど、俺が知ってたのは子どもの方か…。…えっ、でも…大将の未来の子ども…?が、時空を超えて…何で俺のとこに来てんの?」
こういうのは自分の親を訪ねるものじゃないのか、と櫻井は訝しげな顔を向ける。
「そ。本物の神様は私の元に現れたの。地球を救うには過去に戻るしかないってね。万能じゃないらしいんだよね。神様って。
人を過去に飛ばしたりは出来るけど、自分の力で何かを変えたりするのは無理なんだって。なんかめんどいルールの中で生きてんだね~。しがらみってやつ?人間も神も大変だよね~。」
小春はやれやれとため息をつく。
「…まてまてまてまて、百歩譲ってそれを信じるのはまぁいいんだけど、何で俺と大野さんをくっつけたがる?大将と奥さんを…ならまだわかるけど。」
「正直言っちゃうとね。放っといてもアンタ達はくっつくのよ。40過ぎ位にね。何せ運命の人ですから。紆余曲折あって、結ばれる運命なの。」
「…はっ?そうなの?じゃ俺の努力は一体…。」
櫻井がここ最近の努力を思い出しガックリ項垂れる。
「…それじゃね、遅いのよ。」
小春の声は低くなり、顔色が曇る。
「遅い…?」
「ええ。二人がくっついて、翔ちゃんが智との子供がほしいって思いたって、研究を成功させたのが、今より…この時より17年も後。その研究成果の子どもが無事に問題なく成人して、安全性が国に認められたのは更にその26年後…。
…それじゃ、間に合わなかった。世間に発表して実用されるまで、どうしても時間がかかった。だから一刻も早く取り掛かってほしかった。その研究が…」
「…もしかして」
櫻井の脳裏に浮かんだ一つの答え。
そう、と小春が頷く。
「「同性で子どもを作る研究!」」
櫻井と小春が声を揃える。
「研究の完成が早ければ…同性愛でも子どもが作れるようになって…少子化を防いで、例の政策が実施されないから戦争も起きなくて…世界は救える…?」
「そうよ。100パーじゃないけど、可能性としてはかなり、めちゃくちゃ高いわけよ。だから早くしてもらわないと困るの。
で、研究によって一番最初に生まれたアンタらの子どもとワタシが神様に選ばれて、この計画を立てたの。のんびりしてる危機感のない二人をさっさとくっつける計画を。」
「俺らの…子ども…!!!」
櫻井が息を呑む。
「何よ、あんだけ意気込んでたくせに自信なかったの?いますよ。安心して。この研究成果の安全性を証拠づけたのもその子とワタシですからね。無事こんなに大きく立派でイケメンになりましたよ。勿論、アイツも。ワタシのがイケメンですけどね?」
イケメンまでは余計だが、櫻井につっこむだけの余裕はない。
「…あれ、研究成果が俺らの子とお前ってことは…つまり…え?お前の母親…は…?」
「母親なんて一言も言ってません。ワタシの親は、二人とも父親。あなたもよーく知ってる相手ですよ。」
「え………誰?」
「名前見りゃ一発でしょうよ。」
名前…?
名前は、二宮…コハル……
そのカクテルの名付け親は……
「…相葉くん!!??!?」
「ほんっと鈍いよね。そうよ、あの人ずーーーーーーーっと和也に片思いしてるから。」
えーーー!と櫻井が声を上げる。
「いや、だって…松本は…!?」
「プロポーズ、断ってるはずだよ。結局さ、カズが『子どもが必要』だから雅紀の恋は実らずずっと遊んでるんだよ。雅紀が男でも女でもいいって言うのは、『和也じゃない』なら誰でもいいってだけだから。」
そんなこと、全然知らなかった…と櫻井は思いを巡らせる。
(だって、いつもあけっぴろげに自分の恋愛を大将の前で話して…
…そういや松本との朝帰りの件を生田と話してた時、大将が不機嫌そうになったことがあったっけ。
あれは…相葉くんへの嫉妬…?
つまり、自分の家には子どもが必要だし報われない恋だとわかってるから、大将も想いを隠してた…?それとも無自覚か…)
櫻井がぐるぐると思考を回す。
「…何にせよ、研究を実践段階まで完成させた俺に相葉くんと大将がそんなことが可能なら…ってことで、俺らもって名乗り出た…ってな具合か?2人の経緯はわかんねーけど…」
「まぁそんなとこよ。」
「…って、お前簡単に過去へきてるけど…」
「ああ、それはね。まぁ本物の神様がちょちょいっとね。」
そこは設定甘いな…と櫻井が納得いかない顔で首を傾げる。
「はい、わかったら手を動かす!翔ちゃんの肩には地球やらワタシみたいな素晴らしいかけがえのない命が乗ってること、ようやくわかったでしょ!」
小春がパンパンと作業を促す。
「わーったよ!」
櫻井がノートパソコンへ打ち込む手を再開する。
カタカタと心地よく鳴り響く軽い音が部屋に木霊する。
「…それでこそ櫻井翔。あなたは出来る子なんですよ。やればね。」
「うるせー、歳上に向かって何言ってんだ!敬え!ったく!」
櫻井はノートパソコンから視線を外さずにため息をつく。
「未来ではちゃんと呼んであげてるんで、『教授』って。…たまに。」
「たまにってなんだよ。常に呼べよ。」
「んふふふ…まぁ、『この』未来がどうかは知らないからさ。でも…信じてるから。あなたのこと。」
小春の声は少し寂しさが滲む。
「…そうだ、タイムパラドックスとかってどうなってんの?未来がいくつもあって、この世界だけ変わるとかじゃないよな?人工的に作られたならお前が消えるとかはないと思うけど、俺が成功したらお前らの未来もちゃんと……」
振り返ると、小春はもうそこにいなかった。
翌日も、その翌日も……
いくら呼んでも、どこを探しても。
神…二宮小春が櫻井の部屋に現れることは、もう二度となかった。