櫻井が同僚2人に苦しんでいるその夜。
「ふふ…懐かしいわねぇ」
リビングで大野の母が微笑んで眺めているのは、例のホテルでとりおこなった自身の結婚式の写真だ。
風呂上りの大野もひょいと覗き込む。
「うわ、若ぇな。」
「失礼ね、今も若いでしょうが。」
不服そうな母親に笑いながら謝る。
当たり前だがその姿は確実に日々老けてきている。
大野の頭に浮かぶのは、結婚の2文字。
「…かーちゃんはさぁ、何でとーちゃんと結婚したの?決め手みたいなんは何?」
「そんなのないわよ。あんないびきのうるさい人だなんて知らなかったし。」
息子の改まった質問に、母親はクスクス笑う。
「でも…この人とだったら、どんな暗いことや辛いことが起きても、人生最悪な日でも、笑って乗り切って行けるかなって思ったのよ。」
「ふうん…。」
「何?結婚予定でもあんの?ていうかアンタ彼女いるの?!」
「予定ねぇしいねぇわ!」
(ちゅーか男には言い寄られてるけどな。)
などと思いながらウォーターサーバーからグラスに水を注ぐ。
「そう?まぁ…してもしなくてもいいけどね。今はそういう時代みたいだし。アンタに跡継ぎなんて期待してないし、お姉ちゃんは結婚してるんだから結婚しなくちゃなんて背負わなくていいわよ?前の彼女の時、結婚とか散々懲りたみたいだし?」
水を口に含んでいた大野がぶっと噴き出す。
「な、なんで知ってんの!」
「雅紀くんが教えてくれたのよ~ん♪持つべきものは無口な息子より明るいおしゃべりな息子ね。」
暗くて悪かったな、と大野は口を尖らせた。
*
櫻井の朝の目覚めはあまり良くない方だ。
しかし客人がいるのであればそれはまた別の話。
相葉的に言う、『Aの部分』が全面に発揮される。
朝食を用意し、夜干しておいた二人分の服を用意し…
コーヒーをセットしてからようやく2人を起こす。
…という完璧なもてなし(という名の自己満足)をこなしたというにも関わらず、生田と堂本の態度は帰る間際まで宜しくないものだった。
「ほんじゃなぁ~!女の影がある怪しいしょ・お・ちゃ・ん!ミラクルと何かあって黙ってたらぶん殴るからな!」
「だから何もねぇっつーの!!」
「あのさぁ櫻井、もし面白いことになったら俺こっそり呼んでよ?そしたら三人でも四人でも乱k」
「わーーーー朝っぱらから何言ってんスか人ん家の前で!ではまた会社で!サヨナラお気をつけてお帰りください!!」
何とか二人を追い出し、ドサッとソファーに座り込む。
「っあーーーーーーー!疲れた!」
「おっつー。」
「どあぁっ!?」
突然現れ出て隣で何かを左手でシャカシャカ振っている神に飛び上がる。
「おまっ…現れ方どうにかしてよ!心臓持たねぇ!!」
「んー440…まだまだか…」
「聞けよ!…ってポケットピカチュウ!?なっつ!!」
神の手に握られているのは黄色く丸い、電気を発するネズミの絵が描かれたゲーム機だ。
「1000歩までいけばワット数がたまるから頑張ってるんだけどなかなか…ワタシ基本歩かないしね~」
歩かないなら歩数計のゲームは意味がないのではないだろうか。
そう思いつつもどうせ期待した答えは返ってこないので、スルーする。
「で、今度は何の司令なんだよ。」
「おー分かってきたじゃない、流れ。そうよ、司令を言い渡しに来たの。今の翔ちゃんに足りないものは~、亭主関白!」
「亭主関白って言われても…だって、亭主でも何でもないのに。」
「あ~これだから勉強できるだけの人は。いい?亭主関白っていうのは、要は男らしさみたいなもんなのよ。引っ張っていく力。わかります?」
「んなこと言われても~…」
「わかった、じゃぁ2文字ね。」
神が二本指を櫻井に向ける。
「は?」
「これから大野智と会話する時は、2文字までで話すこと!」
神は決め台詞を言いながらポケットピカチュウをふりふりしている。
縦より横のがいいかな?などと言いながら。
「いやいや、無理だよ!ぜってー無理!2文字で会話なんてム・リ!!」
「は~やれやれ。わかりましたよ、じゃぁ大マケして4文字ね。これ以上は譲れませ~ん。これが一度でも失敗すると、大野智とは永久にお別れなんで。」
「永久って…!」
「永久あばーよ。」
ドヤ顔で神は二本指を額にあて、スチャッと決めポーズをとる。
「な…何それ…引くわー…意味わかんねー上にダセェ…。」
「うるさい。」
「つーかさっきから何やってんの、ずっと振ってるけど。」
「ポケピカ。」
「いや、それはわかってっけど、何のために?」
「ピカチュウ。」
「そりゃ歩数溜まってピカチュウの世話をするゲームだけど、そうじゃなくて~あ~も~!つーかそんなんどうでもいいんだよっ!!だから!4文字なんて…っ、あっ?!さっきからお前4文字で会話してんの?!」
「そうだよ。」
なるほど、こうすればいいのかと一瞬納得しかける櫻井。
「…いやっ、おかしいだろ!こんなんバレるって!」
「そうかな?」
「だってめっちゃ態度悪くね?!」
「普通よ?」
そう言われれば確かに普通な気がしてくるが、櫻井は思いを改める。
「…普段から態度悪い奴はいいよな。こんなぶっきらぼうな言い方でも何とかなるもん。でも俺愛想いいというか喋る方だからさぁ…。
多分だけどお前と違って友達多いし、人当たりいいっつーか…引きこもりじゃないしゲームばっかしてるような奴と比べられてもさぁ…。」
「翔ちゃん。」
「ん?」
神はニッコリ笑う。
「ぶっころ。」
「4文字の概念って何?!!」
櫻井の虚しく謎なツッコミがマンションに響いたのであった。
*
「本当に助かったよ。今日は奢るから。」
「いやいや、頑張ったのは翔くんだからね。俺は何も。でも…お言葉に甘えて奢られよっかな!」
夜、櫻井は松本をいつもの店に誘った。
相葉との真相も知りたかったし、何より鍛えるコーチをしてもらったお礼を言いたかったのだ。
「よくわかんないけど、うまくいったの?」
「あー…まぁ、試合に負けて勝負に勝った…って感じかな?」
「いいじゃん、そういうの大事だよ。勝てたと思えたらそれで十分でしょ!」
松本は笑いながらハイボールを流し込む。
「で…あのさ、聞きたいことがあるんだけど…松潤って相葉くんと…」
「あーーーー!松潤と翔くんじゃん!」
大きな明るい声に振り返ると、相葉がニコニコ笑っている。
「ちょ、相葉ちゃん…!」
そして隣には大野。
──永久あばーよ。
神のドヤ顔と共に四文字ルールを思い出し、げっと顔を顰める櫻井。
「珍しいね~!二人で何してんの!」
当然のように松本の横に相葉が座る。
戸惑いつつ、大野はぺこりと頭を下げて空いた櫻井の隣の席につく。
「あ、いやあの~…」
櫻井が色々困惑していると、大野が不審そうに覗き込む。
「…2人って仲良かったの?」
大野に尋ねられた櫻井は、答えようとして思いとどまる。
(…4文字!大野さんとの会話は、4文字限定っ!!)
「……っ、ともだち!」
「…は?」
突然の櫻井の端的な言葉に、大野が首を傾げる。
「そうね。普通に翔くんと友達だもん。ね?」
「う、うん。」
松本は助け舟を出したつもりではなく本心からの言葉だが、結果的に救われる。
「へ~!くふふ、元ライバルだし、仲悪そうだと思ってた!」
「まさかぁ。昨日の敵は今日の友でしょ。俺もう智のこと諦めてるし。ねー智?」
「うん、連絡もぱったりと。ほんと潤くんてさっぱりしてるよね(笑)」
「翔くんとはえらい違い!」
相葉がケラケラ笑う。
「うるせーな、どうせ俺は女々しいですよ~…」
櫻井がグラスについた水滴をおしぼりで拭き取りながら舌を出す。
「…あの、ごめん…おいらがはっきりしないせいで…」
「そ…、」
(…えーーーー4文字!4文字で!!)
「……ぜんぜんっ」
必死に絞り出し、胸をなでおろす。
「…翔ちゃん何か変じゃない?」
相葉が不思議そうに松本に聞く。
「さっきまで普通だったんだけどな。」
「いや俺普通だって。大丈夫だって。」
櫻井が焦って松本と相葉に弁明する。
「…ほんとに何も無い…?」
大野が眉を垂らして櫻井に聞く。
「…ほんとう!」
「……何かあったりとか…」
「ないです!!」
とにかくあまり大野と喋らなければいい。
そう考えた櫻井は必死で相葉と松本と話したり、テーブルに出ている料理を口にした。
大野はそんな櫻井の隣でだんだんと無口になっていった。
あれ、ポケピカ通じます?
めっちゃ流行ったの、小学生時代皆持ってたの
(年齢バレる)