「ご、ご、ご、ごめんなさい!!」
慌てて離れたのは櫻井の方だ。
大野は驚きのあまり口を押えて呆然としている。
「あの、ほんと、その…わ、わざとじゃなくて、危ないって焦ったらその~あの~…あ~~~~こんな言い訳とかしたいんじゃなくて!マッジでごめん!!ごめんなさいっっ!!!」
必死で90度に腰を曲げる櫻井に、大野は戸惑いながら「あ、いや、違うの、違うんだよ」と否定する。
「違う…?」
櫻井は嫌われたとパニックになっており半泣きだ。
大野は喉元を手で覆い、美しい喉仏を2本の指で撫でる。
不安だったり困った時にする、昔からの癖だ。
「…おいら、こういうのが久しぶりすぎて、動揺してるだけで…嫌とか、そういうんじゃなくて……。」
言いながら自分の気持ちも、何を言いたいのかもわからず口を噤む。
「嫌いには…なってない…?」
「…なんないよ、そんなん。…助けてくれてありがと。」
「…あ゛ーーーっ、良かった!」
ようやく冷静になれた櫻井が、道路に落ちた缶を車に注意して拾い上げる。
そこには参列者の書いた文字だろう、『末永くお幸せに♡』と書かれている。
大野にそれを渡すと、少し驚いた顔でその字を見つめ口を開く。
「橋…」
「え?」
「あ、いや。」
大野は占いなどは基本的に信じていないが、案外暗示に弱い。
(末永く幸せに、とか、なんか…橋でキスしたカップルへの言い伝え…みたいで…。)
ぶんぶんと頭を振って缶を裏返すと、また別のメッセージ。
『目指せ亭主関白!』と書かれた文字に、大野の脳裏に相葉の笑顔が浮かぶ。
──おーちゃんはきっと、『ついてこい!』ってゆーテイシュカンパクみたいな感じじゃなくて、寧ろそれに『引っ張って~助かるわ~』ってのっかる受け身なイメージだもん♪
こんなところでも偶然が重なる。
不気味だと感じる気持ちの反面、くだらないことの積み重ねに笑ってしまう。
「これって二人へのメッセージ…とか?」
櫻井が嬉しそうに言う。
「ばか、言ってろ。」
言いながら大野もくすくす笑う。
「亭主関白…目指せる…かな?」
おずおずと言う櫻井に、大野が困り顔を向ける。
「んなん、相手にもよるでしょ?」
「俺の相手は大野さん以外考えられないよ。」
当然と言わんばかりの櫻井の言葉に、大野の心臓がドキリと音を立てる。
「…だから、おいら男だってば…」
「分かってる。でも…何でだろうね。自分でも驚いてるけど、あなたと生きていきたいって本気で思ってるんだ。
同性を好きになったことなんて初めてなのに、結婚して添い遂げたいって本気で思ってる。バカみたいだけど、やっぱあなたが好きなんだ。」
あまりに真剣な迷いのない目に、大野が動揺して距離をとる。
「ま、ま、ま、待って!…あの…もう少し時間くれない…?まだわかんないんだよ。おいら、どうしたいのか…櫻井さんのことどう思ってんのか…わかんなくて…。
それに前の恋愛で裏切られたのがトラウマで、一歩踏み出すのがどうしても怖くて…。心の準備が出来たらちゃんと返事するから…ダメ…?」
「わかった。待つから、俺。あなたのこと、いつまでも。」
その目に、恐らく嘘はない。
そう思える程の真摯な言い方に、大野は戸惑いつつも「…ありがと。」と礼を言った。
*
「亭主関白…か。」
缶を片手にニヤニヤと帰宅した櫻井を迎えたのは、
何故かうさぎの耳のカチューシャをつけた神の大げさな溜息だ。
「ねぇ翔ちゃん。そのゆるみきった顔どうにかなんない?キモイ。そのほっぺた、形状記憶の材質で出来てるんでしょうね?でなきゃ今すぐ真顔に戻した方がいいよ。無意味に下がってるのは肩だけにしなさいよ、みっともない。」
「お前、人をディスらないと会話出来ねぇのかよ!?」
「何をおっしゃるうさぎさん。俺がディスるのはディスる要素を大量に持ち合わせてる翔ちゃんだけよ。おめでとう。」
「うさぎはお前やないかい!つーか何だよそのわけわかんない飾りは!」
うさ耳をつけてぱちぱちとまあるい手で拍手するその姿は年齢不詳だ、と櫻井は思う。
もともと年齢不詳ではるが。
神だし。自称。
「ていうかさ、今日は褒めてもいいんじゃねぇの?キスまでしたんだし!」
自信満々に胸を張る櫻井。
だが、
「…あああ…そうだよ、キスだよ…めちゃくちゃ柔らかかった…やべぇ…今更実感湧いてきた…大野さんと…やっっべぇ……。」
自分の言葉にすぐに背を丸めて唇に手を当て照れ始める。
「はぁ~。そこはまぁね。ヘタレにしては頑張ってたんだけど。ていうか照れないで、気色悪いから。」
神は鬱陶しそうに頭をポリポリと掻く。
「いつまでも待つとか、そういうのは困るんですよ。地球滅亡がかかってるんだから、悠長に待ってる時間はないんで。」
「そんなすぐのことなの?つーか俺と大野さんの恋が地球とどう関係してんだよ?滅亡って何なわけ??」
「ええ。急いでくれないと困るんです。」
地球についての言及は避け、神がうさぎの耳を櫻井につける。
深刻な話をしているくせに真面目なのかふざけているのかわからないほど神は無表情だ。
「でもさぁ、いい波来てるのは確かだろ?焦ってシュート逃したらチャンスボールは更に遠くなるじゃん。」
「それは一理あるね」と神は頷く。
うさ耳の位置に納得がいったらしい。
満足そうに口角を上げる。
「だから、俺のペースでやらせてよ。大野さんを急かせたくないんだよ…傷ついて人を信じられなくなってる人に早くしろなんて、そんなの…」
「そういう、偽善的なのはどうでもいいんですけどね、」
神は淡々と言いながら今度はオオカミの耳の飾りを取り出し、自分の頭に装着する。
「じゃっ、次のデートは家に呼んじゃいましょう。で、やることやっちゃいましょう。」
「…俺の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた。さ、地球のためにLet's既成事実!」
ガオーとオオカミのポーズをとった神から、ぺいっと耳飾りを取り上げる。
自分の頭についたうさ耳もとる。
「普通に考えていきなり家とかハードル高くね?」
「ワタシ、初対面でいきなり家に来てますけど?」
「お前は土足の不法侵入だろっ!!許可した覚えはねぇから!!」
「まーまー堅いこと言わずに、さぁさ、ゆっくりしなよ。お風呂、お湯湧いてるよ。今日はラベンダーの入浴剤でーす。気持ちよかったよ。」
背中を押され、確かに気が張って疲れていたと思い出す。
ふわりと神から香るのは入浴剤の匂いだったか、と理解する。
「あ、ありが…ってだから勝手に…!」
振り返ると神はもうどこにもいなかった。