※妄想のお話です。
-On Saturday-
結局昨日帰れたのは22時過ぎだった。
権田原くんは歌が上手くて、聴き入ってしまった。
なんちゅーか…表現力?っちゅーの?
その歌の世界観が目に見えるみたいで、鳥肌立っちゃった。
カラオケ店のお金も全部奢ってくれて助かったけど、いつの間に払ったんだろ。
昨日同様、仕事が終わって家に帰り、自炊して飯を食ってから散歩に出かけた。
ここんとこ毎日出かけたから…何となく。
ほら、こーゆーのって気にし始めるととことん気になっちゃって。
出かけるって決めたら出かけたいんだよ。
無駄な凝り性が俺の足を街へと向ける。
今日は加藤がいなくて俺一人だったから定時上がりしたし、既に日が沈んでいる。
代わってくれと言われたデートの日だ。
腹立たしい!
まぁ、幸せそうだからいいんだけど。
ガシャン!
突然何かの音が聞こえて道路の向かい側を見ると、スーツの男の人が自転車置き場に倒れ込み自転車をドミノ倒しにしている。
酔っ払いだろう。
迷惑そうに睨み付けては通り過ぎる人々。
見てられなくて、横断歩道を探して駆け寄る。
起き上がらせることの出来る自転車だけを元に戻し、倒れた2台の上に横たわるスーツの男へ声をかける。
「大丈夫?はい、ここ座って。」
顔を突っ伏していた青年はなかなか顔を上げない。
それどころかぐらりと倒れ込む。
「あぶな…」
…熱い!
「ちょっと、熱あるの?大丈夫?!」
「…だ…い、じょ…」
「声も出せないじゃん!救急車呼ぼうか?」
「…やめて…お願い…病院…は…行ったから……薬、あるから…」
ぐったりと項垂れたスーツの人をどうしたらいいのか迷って、結局タクシーを呼んで自分の家へと連れて行った。
お金?ないに決まってる。
病人に大変申し訳ないんだけど、スーツの人が曖昧な意識の中カードで払ってくれた。
スーツはとりあえず脱がせて、俺の大きめの部屋着を着せて寝かせた。
布団に入るとカタカタ震えていたのも治まり、すーっと寝てくれて。
その間にワイシャツや靴下を洗濯したり、お粥作ったり買い物行ってゼリーとか買ってきたり。
あっという間に日付は変わってしまった。
「んん…」
男はかなり汗をかいてうなされている。
時刻は深夜1時半。
どうしよう、起こすべき?
気持ち良さそうに寝てるけど…薬あるって言ってたもんなぁ。
「ねぇ…大丈夫?お粥あるけど、食べれる?」
俺の呼びかけではっと目を覚ました顔は、汗をかいているけど先程に比べ若干良さそうに見える。
「大丈夫…?うなされてたけど。」
「あ…えっと…」
それどころか、
「……っ」
イケメン過ぎて心臓飛び出しそうになった。
顔なんてじっくり見てなかったから、何そのぱっちりした目は?!って衝撃を受ける。
女の子みたいに可愛らしい顔なのに、眉毛はキリッとしててすごいかっこいい。
芸能人みたいだ。
相葉くん、松本さん、権田原くんも相当イケメンだったけど…
この人はなんか、なんていうか…
タイプ!!
って俺は何考えてんだ、男だっつーのに。
「…あれ…あの、ここは…?」
「あ、えっと、ここは俺ん家で…。」
軽く事情を説明したら、その人は何度も何度も謝ってくれた。
病院での診断結果は過労だったらしい。
だから病院に行ったら入院させられると恐れていたのだそう。
数時間寝てスッキリしたのか、顔色が本当に見違えた。
「忙しいお仕事なの?有給とかないの?無理しちゃダメだよ。」
イケメンは、ブラック企業なんだよ、とやっぱりイケメンな顔で笑った。
「…あれは?」
シャワーを浴びて薬を飲んだ後、ゼリーを食べながら指さし聞かれたのは壁にかかった時計。
「あれは…課題で作った時計で。」
「げほっ。うっそ、作ったの?あなたが?マジで??作ったって…え??あの絵も…ってこと?」
「んふふ、ほんとだよ。絵も俺の。 ほらここに、」
Satoshiと書いたサインは、最後のiが上向きの矢印になっている。
作品にはたいてい小さくこのサインをつける。
実を言うとTシャツの後ろの端だったり、ヘルメットも裏側だったり…こっそり入れてある。
美大でまず教えられたことは、『描いたものにはサインをしろ』ってこと。
絵は盗み盗まれる。何もそれは技法だけの話ではない。
すげえぇぇぇぇぇ…と感嘆の息を漏らしてくれるのは気恥ずかしいけどとても嬉しい。
よく考えてみたら加藤以外この部屋に入ったことないかも。
加藤は時計について特に何も言ってこなかったし。
「智…くん?っていうの?」
…なんか不思議なイントネーションだな。
大体の人は下がり気味に呼ぶんだけど。
「うん、そう。君は?」
「あ…翔、です。」
「そっか、翔くん。よろしくね。」
「ふふ、ありがとう。」
翔くんは優しく微笑んでくれた。
やっぱりイケメンな顔を前にドキドキしてしまって。
いや…顔だけじゃなくて。
何か、雰囲気っちゅーか、空気感っちゅーか。
よくわかんねぇけど、翔くんを纏うそーゆーのに…なんか、あてられる、みたいな。
「あ、ごめんね、うちテレビもないからつまんないよね。何か本とか買ってく…」
「大丈夫だから、ここに居て?」
ポーっとしてしまったことを誤魔化すために立ち上がろうとした手を掴まれて、ドキッとする。
わかった、とそのまま座ったけど…
翔くんの手が何故か俺の手を掴んだまま離さない。
「………。」
「………。」
なんだか、沈黙が重くて、心臓が口から飛び出しそうで。
だけど、翔くんもなんも喋んなくて。
手も握られたままで。
何、これ?
何か喋んないと、
喉乾いたかな、とか、
タオル持ってくるね、とか、
何だっていいのに、動けない。
目も、逸らせない。
どうして?
ドクン、ドクン、心臓の音、聞こえてるよね絶対。
翔くんも同じようにずっと俺を見つめてて。
出会ったすぐの人に、
ほとんど喋ってないような人に、
バカみたいなんだけど、
こんなこと普段信じてないんだけど、
運命の人、みたいな。
何だか…初めて会った気がしないというか、
いや、初めて会ったのに何故か気が合うような気がしてるというか。
幼い頃会ってるとか?
だけどこんなイケメン、過去に出会ったことなんて絶対なくて。
どうしよう、なんか言わなきゃ、
でも上手く頭が働かない。
カチ、カチ、自作の時計が妙に大きな音を響かせる。
窓の外を走る車のライトが、カーテンの隙間から形を変えて部屋を横切っていく。
ギシ、
古いアパートの畳が情けなく音を立てる。
ドク。
俺の心臓が跳ねる。
翔くんがゆっくり近付き、視界の影が大きくなる。
掌に異様な汗をかく。
逃げられない。
それに
…逃げたくもない。
頭の中が真っ白になって、目に映る世界も翔くんでいっぱいになって
そして
翔くんの唇が、俺の唇にそっと当たった。