「…で?調子はどう?相変わらずなの?」
「それが…ですね。」
男はくるりと回転イスで振り返る。
俺のカルテを眺めるその表情はクマが酷いが決して眠そうではない。
しかし言葉や態度とは裏腹に何の興味も持っていない、というような顔。
だからこそ言いづらい病状や現状を赤裸々に話せるのでこの病院に通っているのだ。
ネットで見た限り、評価も結構高いし。
何より俺、この人の本のファンだし。
とは言え一年通って何の成果もなし。
特効薬を研究していて完成間近だと言っていたけど、あの話はどうなったのだろう。
「…何ソレ(笑)櫻井さん、アンタほんと面白い星の元に生まれてるんスね。本にしたい位。」
ククッと口角を上げて笑われる。
普通なら腹立てるようなその態度も慣れたものだ。
それに、誰に何されても頑なにダメだったのに、家政夫の寝顔で反応したとなればそりゃ笑われても仕方がない。
「面白がってないで何とかして下さいって。
渡海先生。」
渡海征四郎。
泌尿器科の名医だ。
E Dが特に専門。
正平という弟がいるらしく、その弟のE D克服体験談を赤裸々にまとめた『STAND UP!!』という著書は俺ら悩める患者にとって希望の詰まったものだ。
E D歴の長い俺にとって、何度読んだか分からない程の愛読書。
そのおかげで弟にブチ切れられ音信不通になったらしいけど。
めちゃくちゃ変人で、診察室から「じゃぁやれよ自分でェ!!!」と怒鳴り声が聞こえてきたこともある。
なのに患者は一定数いるんだからある意味すごい。
「抱きゃいいじゃん。雇ってんでしょ?金にイロつけりゃ済む話でしょうよ。」
「だッ!?」
ポイ、とデスクに投げられるカルテ。
本当に態度が悪いのに、如何せん自分の甥っ子にどこか似ているこの男にもしかしたら治してくれるんじゃないかという謎の期待を抱いてしまう。
「それ、本気で言ってます?」
「アンタさ、これが冗談言う顔に見えんの?」
下目遣いに蔑みの視線。
…冗談言うキャラには決して見えない。
だからこそこっちは戸惑ってんだっつうの。
「話聞いてました?男ですよ?家政『夫』です。」
「聞いてたけど。何も子ども作れっつってんじゃないんだから。」
ハッと鼻で笑われたけど。
当たり前だろ!作れるわけねぇ!!
「無理です、そんなこと。」
「何でよ。治るんだからいいでしょうが。」
「頼めるわけないでしょ!男ですよ!?」
「はぁ~、めんどくせぇな…。おい、アイツは?」
突然後ろのカーテンに向かって渡海先生が声を掛ける。
顔を出したのは受付の爽やかマンだ。
無駄にめちゃくちゃ笑顔が爽やかなんだよな。
名札には『世良』の文字。
通い始めた頃からずっといる受付の人だ。
泌尿器科はデリケートだから、女性職員はいない。
単純に恥ずかしいし、助かる。
「アイツ?新しいカウンセラーの方ですか?」
「ちげぇよ、スナイパー。」
スナイパー?!?
お、穏やかじゃねぇ!
「え…あぁ、高階先生ですか?」
「そ、権太。」
……ゴンタ?
スナイパーからのゴンタ、何その繋がらない感じ!
異世界交流感すごいけど!!
「高階先生は今日は…って、先生の言いつけで3日程前から新薬に必要な材料探しの旅に出てるじゃないですかっ!!」
「まだ帰んねーの?チッ、ほんと使えねーな。」
「もう、高階先生に怒られますよ!めちゃくちゃ入手困難なキノコだって渡海先生が言ってたじゃないですか!」
「お前が告げ口しなきゃバレねぇだろ。」
「勘弁してくださいよっ!俺隠し事とか苦手なんですって!!」
心底煩わしい感じで舌打ち&溜息ついてっけど、お前が頼んだんだろ?!
3日もかかっておつかい行ってんのにめちゃくちゃだなこの人?!
…つーか、新薬?
「…あの、その薬って前言ってた…?」
「ああ…そうそう。櫻井さんにはじっk…新薬第一号になってもらいますので。」
実験って!
実験台って言いかけたよなこの人!?!
しかも入手困難なキノコとか怪しさしかねぇ!!!!
貼り付けた笑顔が胡散臭すぎて!!
「………それ、大丈夫なんですか………人体に……」
「当たり前でしょ、医者が人体に悪影響なことするわけねぇんだから。俺がしっかり研究して作り出す物を信じられないとでも?」
しらねぇし!!!!
むしろ悪影響なことしそうなツラしてるからな!??
和に似てる時点で妙な親近感は沸いてるけど信頼はzeroだっつの!!(寧ろ和に似てるから余計怖い)
「まぁ楽しみにしてて下さいよ。俺がその役立たずを必ず勃 つようにしてやるから。」
役立たず言うな。
役立たずだけど。
ククク…と笑う姿はまさに泌尿器科の悪魔。
「とにかく…俺は今まで通り女で試せばいいですか?」
「いや。必要ない。むしろ家政夫のこと考えてヌいといて下さい。」
「えっっっ。それ…逆効果じゃないんですか。深みにハマりそうで怖いんですけど…」
「折角出来た勃 起の感覚忘れる方が危ないでしょ。もう29なんだし。それくらい出来るでしょ、早く治したいんでしょ?」
「そりゃそうですけど~…」
渡海先生はどこか面白そうにしているわけで。
う~ん…本当にこの人を信じて大丈夫なんだろうか…。